日本の誇り | より善き未来のために

100年前に日本が主張したこと

それは「人種差別撤廃」である。

 

第一次世界大戦の戦後処理を決める為の、パリ講和会議の席上でのことだった。

 

日本の代表は西園寺公望公爵。

 

仏のソルボンヌ大学に留学し、日本人初の学士となった西洋通である。

 

 

その頃、欧米では奴隷を抱えることは正当な権利だったために、大変な抵抗があった。

 

英米しかり。オーストラリアには白豪主義があり、黒人や、黄色人種、そして

 

アボリジニなど先住民族に対する差別が、世界中に蔓延っていた。

 

こうした「大国」が植民地化した東南アジア諸国の人たちも、奴隷として扱われた。

 

それを日本は、やめさせて肌の色や人種によって人間としての

 

尊厳が奪われないような社会を構築しようとした。

 

 

パリ講和会議に日本が出した「人種差別撤廃案」は、

 

参加16か国の中の11か国が賛成に回ったにも関わらず、

 

「全会一致ではない」というウィルソン米大統領の言葉で一蹴された。

 

彼らにとって奴隷制度は、当然の権利なのだから、

 

何としてもこの提案を握り潰さなければならないと思ったはずだ。

 

 

韓国が何故今も反日なのか、分かりずらいと思うが、これと同じ図式が根底にある。

 

李氏朝鮮時代には、様々な差別が蔓延っていた。

 

制度上はいくつかの階級に分かれていたが、

 

実情は1割にも満たない「両班」という貴族階級と、

 

奴婢(ヌヒ)と呼ばれる奴隷に分かれていたに過ぎない。

 

王族と両班以外は人にあらず、である。

 

当時国の教えとされた儒教では、労働するものは賤しい者とされていた。

 

つまり労働者は、差別されて当たり前の者たちということになる。

 

 

李氏朝鮮時代500年で、国から木製の車輪が消えた。

 

賤しいものとして差別されるから、車輪を作る職人が居なくなってしまったのだという。

 

両班たちの移動には、奴婢が輿をかついで運ばなければならなくなった。

 

この事実を知るまで、文明が後退する国が存在するとは思ってもみなかったが、

 

これが李氏朝鮮500年のの現実なのだ。

 

両班たち「特権階級」の者たちは、儒教の本を持つ以外は何もしなかったと言われている。

 

 

商工業に従事する人たちも奴婢であったし、僧侶も忌み嫌われる存在であった。

 

とにかく働く者は、忌み嫌われるべき存在なのだ。

 

奴婢は両班の財産と見なされ、売買・相続などの対象であった。

 

 

日韓併合時代には、こうした奴隷を開放し差別撤廃を徹底させた。

 

つまり両班たちは「自分たちの財産を日本に奪われた」のだ。

 

だから恨み骨髄なのである。

 

戦後最もひどい反日政策をしていると言っても過言ではない文在寅大統領は、

 

没落両班の末裔と言われている。

 

 

日韓併合時代、反日抗争は有った。

 

だがその多くは、主義主張があって起こした暴動ではなく、

 

両班からいくばくかのお金を貰って、何も分からず暴動を起こした者が大半と言われている。

 

日本が主張したのは、差別階級の撤廃だった。

 

奴婢や百丁という奴隷制度撤廃。

 

そして学校を作り、だれでも差別なく学べるようにした。

 

奴隷として家畜以下に扱われていた、一般市民が喜ばないはずが無い。

 

事実、私は日韓併合時代を体験した現韓国人から、直接そのことを聞いている。

 

 

残念なことに朝鮮儒教では「親の仇を打たない者は親不孝者!」と罵倒される。

 

両班の息子でも奴婢に落とされる。

 

父親が誰かに殺された場合、「その理由は問わず」、その子供に残された道は、

 

父親を殺した相手を殺すことしかなかった。

 

子供は、殺された時に父親が来ていた衣に着替え、相手を殺すまで着替えてはならない。

 

つまり体を洗ってもいけない。

 

それは親の無念を体感する為と言われている。

 

今韓国政府は、日本に対して「親の敵討ち」をしている「つもり」なのだろう。

 

しかし本当の日韓の歴史を知っている者は、その中に一人もいない。

 

 

日本人には、過去を反省してお互いに水に流すという考え方がある。

 

過去に固執していては、より良い未来は築けないからだ。

 

しかし彼らは、「父親の仇を取るまで」続けなければならない宿命がある。

 

 

子供が仇を取れなければ、孫がその務めを負う。

 

朴槿恵が「1000年の恨み」と言ったのも、

 

こういうねじ曲がった朝鮮儒教の教えから来たものだ。

 

だからやっかいなのだ。

 

 

江戸時代、日本では親の仇うちは合法であった。

 

申請すれば吟味の上で、お上からきちんとした許可証が出されていた。

 

半島にある「個の恨み」とは違い、仇討ちが正統な権利として認められていた。

 

元服前の少年には、助太刀という形の目付役が付くことが許されていた。

 

しかし、親の仇討ちは一代に限られていた。

 

親(家長)を失った無念の想いは分かるが、

 

それを子々孫々にまで仕向けることを良しとせず、厳しく禁じたのだ。

 

恨みは後世に禍根を残す。これが良識ある裁定というものだろう。

 

一生風呂にも入らず、親の仇を討つだけのために生きる。

 

子々孫々にまでその恨みが伝えられ、仇を討つのが誉なのだから、

 

考えるだけで暗澹たる思いに駆られてしまう。

 

 

今、韓国の若者たちは国を捨てている。

 

海外に出るチャンスがあれば、必死の思いでくらいつく。

 

韓国には絶望しかないからだ。

 

文在寅は彼らから夢を奪っている。未来を奪っている。

 

彼らは、自分の国が嫌でたまらないと言う。

 

ひととしての普通の感覚があれば、誰でもそうなるのが当たり前なほど、

 

文在寅は国を滅ぼすような政策ばかり行っている。

 

韓国内の差別意識は、未だに類を見ないほどひどいと言われている。

 

 

米国から法制上差別が無くなったのは、公民権法が制定された1964年であった。

 

日本がパリ講和会議で人種差別撤廃を提唱してから、45年も後のことである。

 

それでも人々の心から差別意識を払拭することができず、

 

今は大学入学枠でも企業の採用枠でも、白人が逆差別を受けているという。

 

結局、右に振れた後には、その反動で必ず左に振れる。

 

その後で、また右に振れるかゼロポイントに落ち着くか、ここが重要なのだ。

 

過去に学べばゼロポイントで落ち着くが、恨みの念を手離さなければ、

 

力と力のぶつかり合いは未来永劫、人類が消えるまで続くことになる。

 

日本は昔から、多くの流民を受け入れてきた国だ。

 

記紀には、第11代垂仁天皇の時代に新羅王子の天日槍(アメノヒボコ)が渡来したと記されている。​

 

その時にも、追い返すことなく、土地を与えて住むことを許可している。

 

織田信長が、イタリア人の宣教師が奴隷として連れていた黒人を、家臣にしたのは有名な話だ。

 

奴隷を奴隷にしたのではない。

 

奴隷を家臣にしたのだ。

 

日本人には奴隷という観念が薄い。したがって差別という感覚も薄い。

 

日韓併合も植民地化を目論んだものではない。

 

彼の地に蔓延る差別意識を撤廃し、「人民平等の社会を構築した」のだ。

 

しかしこれが、1割にも満たない「特権階級の怒りを買った」。

 

 

 

半島にできた歴代の国自体が、

 

大陸にできた国から、冊封を受けることで生き残る道を選び続けたこと。

 

儒教の「目上を敬え」という教えが捻じまげられて、

 

力も持った者が持たないものを虐げる国になってしまったこと。

 

今般のレーザー問題に対する韓国側の対応にハッキリ現れているように、

 

後ろめたさを感じている人間は、相手をやみくもに倒そうとするものだ。

 

彼らに大義は必要無い。生き残る為に相手を攻撃する。

 

しかもそれは「自分より弱い」と考えている相手にのみ、徹底して行う。

 

それは弱い者いじめの典型なのだが、果たして日本は弱い国だろうか?

 

文在寅は国の外でも「ボッチ」、国の中でも「ボッチ」状態である。

 

彼にも、彼を大統領に選んだ国民にも、明るい未来は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 日本の誇り | 19:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

在米の韓国系アメリカ人の男性(88)の手紙

https://www.sankei.com/smp/world/news/181201/wor1812010006-s1.html​

 

私は1930年に朝鮮で生まれ、50年代の大学留学以降、アメリカに住んでいます…以前、あなたがグレンデールの公園にある『慰安婦』像を訪問するニュースを見ました

 

 在米の韓国系アメリカ人の男性(88)が、米民主党の下院議員、アダム・シフ=カリフォルニア州=へ宛てて送った手紙は、こう始まっている。書いたのは、新たにサンフランシスコ市で、中国系団体による『慰安婦』像などの寄贈受け入れが議論になっていた昨年8月のことだ。

 

《(日本統治下の朝鮮の)朝鮮語の新聞で、私は「軍隊のための性労働者」の求人広告を見たことを覚えています。もしも、日本軍が本当に自宅や路上で無理やり朝鮮の少女を連行したのならば、わざわざ、こんな新聞広告を出す必要があったでしょうか?》

 

 

 《1980年代に「吉田清治」という怪しげな背景を持つ男の本が韓国語にも翻訳されて出版されました。彼らは『戦争中に朝鮮女性が“性奴隷”として日本軍に強制連行された』と主張しましたが、それまで韓国で、そんな話はまったくなかった。果たして、日本軍が秘密裏に何十万もの朝鮮女性を連れ去ることなど可能でしょうか?》

 

 

 男性は、日本統治時代の朝鮮に生まれ、旧制中学在学中に終戦。戦後はソウル大学法学部を出て朝鮮戦争に従軍。米大学に留学して米国籍を取り、長年、アメリカの多国籍企業で国際金融関係の仕事に携わってきたビジネスマンだ。その2年前には、オバマ政権で駐日大使を務めたキャロライン・ケネディ宛にも同様の手紙を送っている。

 

 「本当は日本人がすべきことでしょう。だが、僕はウソを見過ごせない。戦時中、僕の街や親類でも、慰安婦にさせるため“軍に強制連行された若い女性”の姿なんて見た人は誰ひとりいないのだから」

 

中・韓系ロビーが結託

 慰安婦問題や徴用工問題をめぐる“歴史戦”は、今やアメリカが主戦場になっている感がある。

「反日」で結託する韓国系と中国系ロビーが政治家や地方自治体に圧力をかけて各地に『慰安婦』像や碑を建てさせ「性奴隷」「人身売買」などという言葉で煽(あお)り立てる。

 

 米公立高校で使われる一部の世界史教科書には「約20万人の女性を慰安所で働かせるために強制的に徴用した」などという虚偽の記述が堂々と掲載される。

 

 ニューヨーク・タイムズスクエアの電光掲示板には、徴用工問題をめぐって「軍艦島は地獄島」などという韓国映画の意見広告が流される…。

 

 ウソがウソを呼んでひとり歩きし、まるで人間の所業とは思えない“日本軍の悪行”が吹聴され、とどまることをしらない。なぜ、直接関係がないアメリカで、虚構の物語が、これほどまでに流布されるのか。

 

 手紙を出した韓国系アメリカ人の男性はいう。「韓国側の行動は、組織的で非常に統制が取れている。政府や現地の在外公館が後ろでコントロールしているのは間違いないでしょう。彼らは、居留民や宗教の団体を通じて住民に浸透していく。元慰安婦のおばあさんを連れてきて、ワーワー泣かせる。組織だった献金をさせて政治家を動かす…。『反日』で一致する中国系とも連携しています」

 もともとは、こうした問題にさほど関心がなさそうな若い3世、4世らも取り込んでいく。「洗脳ですよ。鉦(かね)や太鼓をたたいて『あなた方の父祖は、日本にとてもひどい目に遭わされたんですよ』とあらゆる場所、機会を通じて『反日』を吹き込み続けるんです」

 

 

 「負け続け」の日本

 対して、日本側の動きは鈍く、負け続けているという。男性は、「何事にも事なかれ主義で、まとまった対応ができていないし、積極的な反論メッセージを発信できていない。その結果、多くのアメリカ人は『日本は知らん顔で、ほおかむりしている』と感じている」と手厳しい。

 

 

 サンフランシスコ市の問題をめぐっては、日本の政府関係者から、この男性に市議会の公聴会で反対意見の証言をしてほしい、という打診があったという。ところが、内情を聞いてみると「反対」はこの男性1人だけ。「日本の“根回し不足”を感じました。しかも、証言できる時間は2、3分しかないという。これでは最初から“負け”に行くようなものですよ」

 

 男性は、身の安全も考えて出席はせず、反対意見を書面で提出するにとどめた。圧倒的多数の韓国系住民が「賛成」するなかで、実名で「反対」を表明することは家族や親類にまで累が及ぶ可能性がある。

 男性は、アメリカでの一連の「反日」行動を放置すれば、ますます世界へ広がってゆくだろう、という。それが、東アジアにおける米・日・韓の連携を弱体化させることになり、中国や北朝鮮の“思うツボ”になることを憂慮する。

 

(産經新聞文化部編集委員 喜多由浩)

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日本国内外で捻じ曲げた「歴史」がアメーバ―のように増殖している。

 

韓国では日本について、この方のように正しい歴史を語ると、次々に世論に潰され、訴追されたりする。

 

正しいことを言うことが許されない、恐ろしい国。それが韓国の一面でもある。

 

同じことをしていても、北朝鮮なら誰も驚かない。

 

捻じ曲げた歴史を国民に植え付ける。そういう国だと誰もが知っている。

 

韓国は「自由」という仮面をかぶりながら、国民の自由を抑圧している。

 

親日の姿勢を顕かにすると、国から「鉄槌」が下る。

 

自由に自分の気持ちを表現できない国、それが韓国だ。

 

今も恐ろしい強権を振りかざして、国民を苦しめている。

 

 

韓国には、通称「親日罪」という法律が存在する。

 

日韓併合時代に「親日反民族行為者」だったというレッテルを国が張り、

 

そのひとの子孫から、国が土地を取り上げた例がある。21世紀の今現在の話だ。

 

何故?と思うだろうが、その土地は日本に組して儲けた金で買ったものだから、だという。

 

そしてそれを継承した孫やひ孫から、問答無用で財産を取り上げる。そういう法律だ。

 

 

「親日人名事典」というものが、韓国には存在する。

 

毎年過去を振り返り

 

一方的に「親日」のレッテルを張られた人たちの名前が、掲載されていく。

 

そしてこの事典に名前が載った人たちの子孫は、世論から袋叩きにされる。

 

 

2017年、ある有名な30代の俳優が、マスコミのカメラの放列の前に立たせられ、

 

「自分の祖父がしたことを恥じている。申し訳ない。」と国民に向かって謝罪させられた。

 

これはもう、恐怖政治以外の何ものでもない。

 

 

この記事に紹介されている「真実を手紙に書いた」方は、アメリカ国籍だからできたのであって、

 

韓国内に住んでいるお年寄りたちは、仕返しが恐ろしいから口をつぐんで真実はけっして語らない。

 

実際「日本時代がよかった」と話した95歳の老人が、ねじ曲がった歴史観とイデオロギーを

 

国によって植え付けられた男(38)によって、殴り殺されている。2013年のことだ。

 

 

どのように調べても、日本軍によって強制的に連れて行かれて慰安婦にさせられたという事実は、

 

見つからなかった、という本を書いた韓国の学者が訴えられ、今も抗争中である。

 

 

「当時を知っている方々」が、どんどん亡くなっている。

 

その声が埋もれてしまわないように、こうして書き移しておくことが必要だと考える。

 

この方を取材してくださった喜多由浩さんんにも、心からの感謝を申し上げる。​

 

 

 

| 日本の誇り | 07:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

陛下の想いに寄り添う

陛下が、天皇としての最後の誕生日会見で、最初に声を詰まらせたのは次の箇所でした。

 

 

沖縄の人々が耐え続けた犠牲に、

 

心を寄せていくとのわたくし共の想いは、

 

これからも変わることはありません。

 

 

陛下は皇太子時代から、皇后様と共に、沖縄を11回訪問していらっしゃいます。

 

先の大戦で、市民を巻き込んだ唯一の本土決戦となってしまった沖縄の人々へ

 

どれだけの深い想いがあったか、分かろうというものです。

 

 

そして次に声を詰まらせたのが、<>の箇所でした。

 

我が国の平和と繁栄が、<このような多くの犠牲と>、

 

国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、

 

戦後生まれの人々にも、この事を正しく伝えることが大切であると

 

思ってきました。

 

 

続く以下の箇所にも声を詰まらせました。

 

平成が<戦争の無い時代として>終わろうとしていることに、

 

心から安堵しています。

 

陛下はご自身の誕生日を、一度として祝われたことは無いのではないでしょうか?

 

 

陛下の誕生日である12月23日は、

 

GHQが一方的な見地から裁いたと言っても過言ではない東京裁判で、

 

A級戦犯とされた7名の刑を執行した日です。

 

ご自分の誕生日を祝えば、

 

それは犠牲になった7名の死を祝うことになってしまいます。

 

 

このように「楔を刺す」ことを、呪詛を掛けるといいます。

 

分かり易く言えば、GHQは日本に「呪い」を掛けたわけです。

 

 

先の大戦で日本の強さをつぶさに知った彼らは、

 

日本に二度と戦意を持たせてはならないと思ったでしょうし、

 

その為に、次期天皇になられる皇太子さまの誕生日に呪詛を掛けたことは、

 

疑いようもありません。

 

 

陛下は、刑の執行が行われた14歳の誕生日からこれまで、

 

70年に渡って、その楔を背負って生きて来られたのだと思います。

 

その想いが、「平成が、戦争の無い時代として終わろうとしていることに、

 

心から安堵しています。」という言葉に表れていると感じるのは、

 

私だけでしょうか?

 

 

ご自身の誕生日を祝えない陛下の誕生日を、国民が祝う。各国大使が祝う。

 

これは「祓い」です。

 

天皇誕生日の一般参賀は、A級戦犯の刑執行が行われた同じ年に始まっています。

 

GHQも、この奥の手があったことには、気づけなかったことでしょう。

 

彼らが日本に刺した楔を、私たちは知らず知らずの内に祓ってきた。

 

この国には、人知が及ばない神仕組みがある。恐るべし日本!

 

 

皇太子さまの誕生日は2月23日です。

 

4月までは今上陛下の御代ですので、来年は天皇誕生日の一般参賀はありません。

 

是非、お正月2日の一般参賀にお出かけください。

 

http://www.kunaicho.go.jp/event/sanga/sanga01.html​

| 日本の誇り | 18:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

今上陛下の天長節に寄せて

https://youtu.be/oVAuYW8bIjw

 

2018年12月23日、私たちは今上陛下の最後の天長節を迎えました。

 

多くの人の波の中から、外国の様々な言葉が聞こえてくることに、

 

天皇陛下が日本のみの為のご存在ではなく、多くの海外の方たちに取っても

 

崇敬の対象であることを、改めて感じずにはいられませんでした。

 

 

天皇家の方々がお役割としてお姿をお見せになる時には、直前まで曇り空や雨が降っていても、

 

お出ましの時には雲が二つに割れ、青空が見え、陽光が煌めきます。

 

ですが、23日は少し様相が違いました。

 

前日の天気予報では23日は雨が心配されていました。

 

ですが、実際には雨は降りませんでしたから、これはいつも通りのことです。

 

「あっ!」と思ったのは、陛下がお出ましになられる10分前に、「おしめり」があった時です。

 

空が泣いていたのです。

 

雨とは言えない優しさで、ポツリ、またポツリと天から涙が落ちてきました。

 

その「おしめり」に触れた時に、

 

わたくしは、陛下が誕生日会見で声を詰まらせながら想いを述べられたことに想いを致し、

 

天皇としての国民に対する感謝と惜別の想いを、天が私たちに見せて下さっていると感じました。

 

今上陛下最後の天長節に、有り難くも、もったいない「おしめり」を体験させて頂きましたことに、

 

心からの感謝を申し上げたいと思います。

 

 

 

陛下は天皇としての最後の誕生日に当たっての会見で、初めて個人としての感情を表現されました。

 

陛下は公の為に祈り、日本の象徴として存在する事に徹底して務めて来られました。

 

ですから個人の感情を表現されることは、これまで一度たりともありませんでした。

 

ですが、この度の会見では声を詰まらせた瞬間が何度かありました。

 

最もお心が動いたのは、

 

(15分35秒〜)結婚以来60年の歩みを共にされた皇后陛下に対する感謝の想いと、

 

国民に対する感謝の言葉を述べられた時でした。​https://youtu.be/-pYdCurcXtk

 

 

そのお言葉を聴けば、

 

どれほどのご心労の中で、わたくし達の為にお過ごしくださっていたのかが分かり、

 

有り難く、頭(こうべ)が垂れずにはいらないことでしょう。

 

是非ひとりでも多くの方に陛下のお言葉を聴いて頂き、胸に納めて頂きたいと思っています。

 

 

そして大変に恐縮するのは、

 

陛下が「私を支え続けてくれた多くの国民に、衷心より感謝する」という表現を使って

 

感謝の意を表してくださったことです。

 

「衷心より」とは、心の奥底から、真(まこと)の心から、という意味です。

 

想いを伝える時にこれ以上の真(まこと)は無いというほど、一部の陰りも揺らぎも無く、

 

真っさらな心の内奥から感謝を伝えると言ってくださっているのです。

 

今のわたくし達に、ですよ。恐れ多いことではありませんか?

 

 

そしてこの日も、陛下がお出ましになられる時間に合わせて、

 

雲が割れ、まばゆいばかりの陽光が差し始め、真っ青な空が顔を出しました。

 

 

真冬のどんなに寒い日でも、お出ましと共に暖かくなり、

 

上着を着ていられなくなることもあるのです。

 

天皇という存在が、日の皇子(ひのみこ)であられることを

 

実感せずには居られない瞬間です。

 

皆さまにも、両陛下のこの30年の歩みに想いを向けて頂くために、

 

2017年のものですが、下記映像をご覧頂きたいと思います。

 

The Activities of Their Majesties the Emperor and Empress of Japan / 天皇皇后両陛下のご活動

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 日本の誇り | 16:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

南京大虐殺はなかった-鈴木史朗

https://youtu.be/tpC3s8cWDQI

 

鈴木史朗氏。元TBSアナウンサー

 

1938年生まれの80歳。

 

幼児期の7年間を北京と天津で過ごし、終戦と共に帰国。

 

当時の中国の様子を見聞きした鈴木氏が語る真実。

 

<以下要約>

中国の村々で日本兵は略奪などしていない。

 

何かもらう時は軍票(金券)を渡して、貰っていた。

 

どこに行っても、村人から拍手で迎えられていた。

  

​(​日本の国旗を手に笑顔の南京の子供たち-日本兵と共に)​​

 

 

 

日本の兵隊は立派だった。

 

その人たちの事を悪く言うのは許せない。

 

南京大虐殺など無かったということを日本人が知り、中国人も知ることが

 

日本と中国の未来の幸せに繋がる。

 

日本兵は、勇敢ではあっても野蛮ではない。レイプや虐殺などやっていない。

(これらは日本人なら肌で分かることですが、これは当時を知る人ならではの証言です)

 

当時の中国は衛生状態がとても悪かった。

 

ノミ、シラミ、ダニ、梅毒が蔓延していたんです。

 

当時の日本兵は倫理観がしっかりしていただけでなく、

 

衛生観念がしっかりしていました。

 

レイプなどするわけが無いんです。

 

衛生兵は、怪我をしている中国人たちを手当てしていました。

 

日本が南京を陥落した時に、避難していた民衆は南京に戻ってきました。

(治安の悪い外よりも、日本兵によって治安が守られていた南京市内の方が、何倍も安全だったからです。

下の写真は、中央の日本兵を歓迎する南京市民の姿)

「南京 日本兵 」の画像検索結果

 

日本兵は規律があって立派だったので、中国民に好かれていましたが、

 

中国兵は嫌われていました。

 

中国兵は多民族で、自分の村以外は他国も同様だったので、

 

レイプや虐殺、暴行が日常茶飯事だった。<要約ここまで>

 

 

自国の兵を毛嫌いし、自国と戦っていた日本兵を歓迎する?

 

変だと思いませんか?

 

しかし、鈴木さんが証言しているように、

 

当時の中国の人々には国という概念が薄く、村や町単位の仲間意識が主流だっという事。

 

そして自分たちに優しくしてくれるひと(日本兵)を歓迎し、

 

被害を及ぼすひと達(中国兵)を毛嫌いした、

 

という至極人間らしい選択をしていたという事なのです。

 

 

中国兵の汚さと規律の無さと残虐性については、当時中国共産党に敗れた

 

蒋介石軍(中華民国軍)によって体験させられた台湾の方々が、

 

つぶさに証言しています。

 

そして当時の日本人が如何に素晴らしかったか、台湾の「日本語世代の方々から」

 

私たちは直接伺っています。

 

「当時の日本人は優しくて毅然としていた」

 

「清潔感があって、素敵だった」

 

「私たちを差別することは無かった」

 

「私たちは日本人になれることを誇りに思った」

 

但しこれには「当時の」という冠がつきます。

 

何故なら、次のようにも言われたからです。

 

「でも今の日本人は腰抜けだ。中国、北朝鮮、韓国三国から、

 

嘘八百を言われても言い返すこともしない。これが私たちが尊敬した日本人の

 

子孫がやっていることかと思うと、先祖が泣いているのではないかと腹が立つ!」

 

 

 

中国共産党が言い続けている南京大虐殺の描写は、

 

日本人なら、日本人の仕業ではないことがすぐに分かります。

 

想像ができないほど残虐だからです。

 

でも彼らには簡単に書ける。

 

何故ならそれは通州事件で、中国兵が日本人に対して行った残虐さと

 

蒋介石率いる中華民国軍の兵が、台湾で行った殺戮と全く同じだからです。

 

 

彼らは自分たちの歴史がそうだったから、

 

人間なら誰でも、同じような残虐な行為をやるだろうと考えたのでしょう。

 

想像力が欠落していますね。

 

それで「南京大虐殺」が、全くのデマだったとばれてしまった。

 

でもその「南京大虐殺」のフェイクストーリーをでっち上げたのは、

 

日本側からだったことも近年顕かになっています。

 

自分たちで「私がやった」と言っていますから、それは確かなことでしょう。

 

しかも「何度中国に行って、南京虐殺があったことにしなさいと掛け合っても、

 

初めの内は全く相手にされなかった」と言っています。

 

「資金はこちらが出すから南京虐殺資料館を建ててくれと言ったが、

 

それでも、そんなことは無かったと言って取り合ってくれなかったが、

 

何回も中国に行って説得したんだ」と自慢げに話している。

 

 

そしてある時から中国共産党が、このでっち上げに乗ってきた。

 

それは、「外交の強力な武器」として使えることが分かったからでしょう。

 

 

この歴史を捻じ曲げて、日中両国の未来に禍根を残した「日本人」が、

 

はたして「真の日本人」だったのかは、戸籍に関することなので今の所闇の中です。

 

こうした人々が、

 

イデオロギーに染まった日本人なのか、日本人に背乗りした「外国人」なのか、

 

やがては顕かになることでしょう。

 

正論 2018年8月号

 

責任の押し付け合いをする為に歴史の真実を知るのではなく、

 

あなたが誇りを持って生きていくために、真の歴史を知ることが重要だと考えます。

 

あなたはどのようにお考えでしょうか?

 

 

 

| 日本の誇り | 20:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

政府主催北朝鮮拉致関連国際シンポジウムのご報告

12月15日、東京にあるイイノホール(席数500)は、満杯の人で埋まりました。

 

拉致被害者のご家族として、米国からは、2016年にスパイ容疑で北朝鮮国内で拘束され、

 

2017年6月に昏睡状態で帰国し、

 

その後に亡くなられたオットー・ワームビアさんのお父さまと、

 

中国旅行中に北朝鮮関係者によって拉致された、

 

デビッド・スネドンさんの二人のお兄様も参加されました。

 

 

ワームビアさんの拘束事件を受けて、トランプ政権は米国民の北朝鮮への観光の禁止と

 

米国務省による渡航許可制を発表し、

 

北朝鮮への渡航を認可する条件に「遺言状の作成と葬儀の手配」を挙げているとのこと。

 

 

 

<マイクを持って訴えるフレッド・ワームビア氏>

 

<中国で旅行中に拉致されたデビッド・スネドンさん>

 

政府が正式に認定している北朝鮮の拉致被害者数は、帰国者5名を含めた17名。

 

しかしその可能性が限りなく高い「特定失踪者」となると、その数は800名を超えます。

https://www.chosa-kai.jp/archives/missing

 

 

拉致被害者家族連絡会代表の飯塚繁雄氏は、

 

「(拉致被害者問題は)ずっと進展が見られなかったが、

 

今ようやく動きが出てきていることを、肌で感じます」とおっしゃいました。

 

米国大統領にトランプ氏が就任し、

 

安倍首相との連携ができた以降のことをおっしゃっているのだと思います。

 

 

トランプさんが国連でこの問題を提起してくれたことは、

 

ご家族の皆さまにとって、本当に力強い追い風になったことでしょう。

 


13歳の横田めぐみさんが拉致されたのは、

 

1977年11月15日でした。

 

1977年、あなたは何をしていましたか?

 

まだ生まれていないかもしれませんね。

 

それ程の長い時間が過ぎても、

 

解決できない日本政府に対しては、

 

苛立ちを禁じ得ませんが、

 

私たちにできる事は、

 

まずはこの問題を「他人事」だとは思わないことです。

 

私たち自身が、拉致されたかもしれないのですから。

 

家族会と立川第7中学の皆さんが、北朝鮮に向けて「あなたを忘れない」を歌いました。

 

この歌を皆さんにも是非聞いて頂きたいので、今年のものではありませんが、

 

家族会の皆さんがこの想いを込めて歌った「あなたを忘れない」を聞いて下さい。

https://youtu.be/5xP7xjmbzqE

 

わたしたちも、想いをひとつにして「故郷」を歌いました。

 

この会の様子はラジオ番組「しおかぜ」を通して、北朝鮮に向けて生放送されました。

 

北朝鮮では妨害電波で、必死にこの放送が聞こえないようにしていますが、

 

「想いは届く」。諦めてはいけない。

 

 

救う会全国協議会の皆さんが、私たちにお願いしていることがあります。

 

会のホームページに、拉致問題に関する情報がたくさんありますので、

 

まずは見てください。 http://www.sukuukai.jp/index.php?itemid=1126

 

そして、以下の協力も呼びかけています。

 

署名活動への参加

首相にはがき・メールを送る

米国大統領にはがきを送る

ブルーリボンバッジの着用

支援金のお願い
 

ホワイトハウスの住所は以下の通りです。

Mr, President Trump

White House

1600 Pennsylvania Avenue

Washington, DC  USA

 

クリスマスも近いので、感謝の想いと

 

引き続き強いリーダーシップを取ってくれるように書いてカードを送ると、

 

彼にはサムライのような気質がありますから、黙っては居られなくなると思います。

 

日本語でも問題有りませんので、是非クリスマスカードを送ってください。

 

宜しくお願い致します。

 

 

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| 日本の誇り | 06:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

現代火葬事情

臨済宗の玄侑宗久ご住職によると、

 

世界を見ると現代葬儀事情にもいろいろあるのだそうです。

 

 

北欧スウェーデンに、

 

「フリーズドライ葬」というのがあることをご存知ですか?

 

フリーズドライ!

 

食べ物ならよく耳にしますが、体を?

 

ビックリしてしまいますね。

 

 

この方法は、文字通り体を液体窒素で乾燥凍結させた後に、粉々にするのだそうですが、

 

その方法を聞いて驚きました。

 

なんと、凍結乾燥させた体を、回転する歯車でバーッと粉砕するのだそうです。

 

魂(たま)が抜けた体にさえも、尊崇の想いを持って骨壺に納める私たち日本人には、

 

到底考えられない方法ですが、お隣韓国ではこの方法が採用されているのだそうです。

 

 

そういえば韓国ドラマを見ていると、遺族が海や川岸に行って、

 

骨壺から、サラサラの骨粉を取り出して撒くというシーンがよく出てくるのですが、

 

それを見ながらいつも不思議に思っていたのです。

 

 

日本の火葬では故人の体の輪郭が分かる程度に骨が残されます。

 

風に飛ばして空中に撒くのは、到底不可能です。

 

何故このようなシーンが成立するのか、ご住職のお話しでようやく謎が解けました。

 

 

韓国には土葬も残っていますが、それはごく一部で、

 

今は30cm程度のスペースに骨壺を治める「ロッカー方式」が主流になっています。

 

スペースも小さいですから、骨壺もそれ程大きくないので、

 

小さく粉砕する必要があるのかもしれません。

 

 

そして、上には上がある。

 

もっと痛そうな粉砕方法を導入している国があるのです。

 

それは、イギリスです。

 

イギリスは、映画にも出てくるように土葬のイメージが強いのですが、

 

1987年のデータでは69%が火葬なのだそうです。

 

今はもっと増えていることでしょう。

 

 

そのイギリスでは、火葬に遺族は立ち会わず、集骨も遺族はしないのだそうです。

 

ご住職のお話しで、その意味も分かりました。

 

なんとイギリスでは、

 

火葬しながら炉の中で鉄の球を回して、お骨を粉砕するというのです。

 

鉄球! 痛そうじゃありませんか?

 

何とも乱暴な方法ですね。

 

 

亡くなって、魂も抜けて、

 

痛みなど感じない体にも崇敬の念を持っている私たちには、

 

この方法は、到底受け入れられません。

 

家族がミキサーで粉砕にされたり、鉄球で粉砕されるのに耐えられますか?

 

無理ですよね。日本人には無理だと思います。

 

 

ご住職いわく、日本の火葬場の職員はあり得ないほどの気遣いで、

 

火葬に当たっているのだそうです。

 

それはもう、職人気質と言ってもいいかもしれません。

 

日本人は「お骨拾い」をしますね。

 

その時に頭蓋骨が崩れていると、不憫に思うのだそうです。

 

でもしっかり残っていては骨壺に入りません。

 

ですから、お骨が遺族の前に出された時には、頭蓋骨はそのまま残っていて、

 

次の瞬間ホロリと崩れる程度に焼かれているのだそうです。

 

大たい骨も、そのまま残ったのでは骨壺には入りません。

 

ですから大腿骨と分かる程度に遺すのですが、

 

それも軽い力で崩れるように焼くのだそうです。

 

そういえば、目の前で職員の方が、骨をガツガツ潰しているのを見たことがありません。

 

骨の形を残し、骨壺に全ての骨が丁度収まるように焼く事に心血を注いでいる。

 

 

日本には昔から、「水の祓い」「火の祓い」というのがあります。

 

例えば、生まれてすぐに浴びる「産湯」が、水の祓いだとすると、

 

あの世へ旅立つのに「火の祓い」によって、送り出す。

 

 

職員の方々がそう思いながら火葬していらっしゃるとは思えませんが、

 

日本人のDNAの中に、「祓いの概念」が入っていることは確実です。

 

 

だから自然に遺族の気持ちに寄り添おうとする。

 

日本人というのは、どこまでも相手の気持ちを慮れる、稀有な民なのですね。

 

私たちは、自ら(魂)の意志によって、日本に生まれてきたわけですが、

 

それでも、この土地に生を受けたという、

 

この奇跡のような現象に感謝せずにはいられません。

 

 

 

 

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| 日本の誇り | 22:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

靖国神社に行って参ります

私たちは本日、靖国神社で正式参拝させて頂きます。

 

「彼ら」が在って、今の日本が在り、私たち日本人が在ります。

 

 

「命をかけて日本を守ろう!」「命をかけて家族を守ろう!」

 

そういう想いで、私たちのために闘ってくださった、

 

その御心に感謝の想いを伝える為に、参拝して参ります。

 

 

彼らが居なければ、今、日本があったかどうか分かりません。

 

朝鮮半島のように分断国家になっていたかもしれませんし、

 

国名も奪われていたかもしれません。

 

つまりこの地球上から、日本と日本人が消えていたかもしれないのです。

 

あなたは、そのことを考えたことがあるでしょうか?

 

 

日本人であれば、あるいはかつての日本人を尊敬しているあなたであれば、

 

世界のためにも靖国神社に参拝して頂きたいと思います。

 

何故なら日本無くして、世界平和はあり得ないからです。

 

日本は世界で唯一「個の得よりも、和を重んじる国柄(くにがら)」です。

 

日本の存在なくして世界平和はあり得ません。

 

地球に於ける日本の役割とは、平和のための要となることでしょう。

 

これができるのは、日本人しかありません。

 

戦いの無い、1万年以上にも渡る平和な世界を構築した実績を持つのは、

 

私たち日本人だけなのです。

 


 

残念なことに、世の中は「家に鍵をかけなくても良い時代」から

 

「自衛しなければならない時代」へと様変わりしてきました。

 

かつての日本社会は「家に鍵は必要なかった」のです。

 

お互いを知り、信頼し合えていたから。

 

 

 

東京・九段にある靖国神社には、時代の流れに翻弄されながら、

 

「家の鍵」となって、私たちを守ってくださった御霊(みたま)が祀られています。

 

 

その御霊(みたま)は「先の大戦の英霊」だけではありません。

 

靖国神社のHPより一文を転載させて頂きます。

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編⊃声劼蓮¬声2年(1869)6月29日、

 

明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社(しょうこんしゃ)が始まりです。


明治7年(1874)1月27日、明治天皇が初めて招魂社に御親拝の折にお詠みになられた

 

「我國の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉かき」の御製からも知ることができるように、

 

国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊(みたま)を慰め、

 

その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。

 

明治天皇が命名された「編◆廚箸い社号は、「国を靖(安)んずる」という意味で、

 

編⊃声劼砲蓮崛長颪鯤唇造砲垢襦廖嵎刃造聞餡箸魴設する」という願いが込められています。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「我が国のためにつくせる人々」とは、

 

近代に於いて、日本のために尽くした人々の事を指しています。

 

靖国神社に祀られている人々がどのような人なのか、

 

再び靖国神社のHPからご紹介しましょう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

戊辰戦争(戊辰の役)やその後に起こった佐賀の乱、西南戦争(西南の役)といった国内の戦いで、

 

近代日本の出発点となった明治維新の大事業遂行のために命を落とされた方々をはじめ、

 

明治維新のさきがけとなって斃れた坂本龍馬吉田松陰高杉晋作橋本左内といった

 

歴史的に著名な幕末の志士達、さらには日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦・満洲事変・支那事変・

 

大東亜戦争(第二次世界大戦)などの対外事変や戦争に際して、

 

国家防衛のためにひたすら「国安かれ」の一念のもと、

 

尊い生命を捧げられた方々の神霊(みたま)が祀られており、

 

その数は246万6千余柱に及びます。


その中には軍人ばかりでなく、戦場で救護のために活躍した従軍看護婦や女学生、

 

学徒動員中に軍需工場で亡くなられた学徒など、軍属・文官・民間の方々も数多く含まれており、

 

その当時、日本人として戦い亡くなった台湾及び朝鮮半島出身者やシベリア抑留中に死亡した軍人・軍属、

 

大東亜戦争終結時にいわゆる戦争犯罪人として処刑された方々なども同様に祀られています。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

こういう方々の「お蔭さま」で、今の私たちがあるのです。

 

日本は、

 

こうした方々の、国と家族を思う、その気持ちの上に成り立っています。

 

あなたが食事をする時、何かを口にする時、

 

できれば、

 

皆さまにお召し上がり頂いてから、

 

お下がりを頂戴する気持ちを持って頂けたらと思います。

 

 

 

 

 

| 日本の誇り | 06:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

奥茂治さん帰国報告会

奥茂治さん帰国報告会 予約不要 参加費1000円

3月27日(火)17時〜(16:30開場)

 

憲政記念館 〒100-0014 東京都千代田区永田町1-1-1

 

東京メトロ 

丸ノ内線・千代田線 国会議事堂前駅下車 2番出口から徒歩7分
有楽町線・半蔵門線・南北線 永田町駅下車 2番出口から徒歩5分
都バス 橋63系統「国会議事堂前」下車 徒歩3分 


 

 

東京の憲政記念会館において、韓国で出国禁止になり裁判の結果無罪を勝ち取った産経新聞の加藤支局長と韓国で有罪にならなければならなかった私と二人で韓国の司法を語ります。3月27日ぜひ来てください。奥茂治

 

 

 

 

 

 

 

 

| 日本の誇り | 09:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

奥茂治さんが

奥茂治さんが韓国から帰国されましたね。

 

 

主張したかったことが判決文に入っていなかった為に、一審判決後に直ちに控訴したのですが、

 

一転その控訴を取り下げて、懲役6か月、執行猶予2年の判決を受け入れ、

 

7か月と18日ぶりに帰国されました。

 

 

控訴を取り下げた理由はいろいろあるのですが、

 

検察の手によって、私たちが知らなかった事実が、一審の裁判中に色々と出てきたこと。

 

詳細は分かりませんが、今のまま行くと二審で無罪になる可能性が出てきたこと。

 

二審で無罪になると、

 

一審で検察が提出した「新たな事実」が、消えてしまうのだそうです。

 

「それを阻止するために、一審の判決を受け入れた」というのが、

 

控訴を取り下げた最も大きな理由だったようです。

 

 

 

その「事実」とは、

 

吉田清治が韓国に出した「直筆の手紙」と、

 

韓国当局が出した「謝罪碑設置許可証」が出てきたことです。

 

これらは、吉田清治が韓国の反日グループと繋がっていた証拠です。

 

手紙には「石碑は日韓の共同で計画した」ことが、書かれてあったそうです。

 

韓国の反日グループと日本国内の反日グループが、

 

吉田清治をそそのかして嘘の本を書かせ、石碑を設置させた。

 

韓国当局がその「謝罪碑」を、

 

子供たちに日本の「蛮行」を教え込むために設置させるという許可証まで出していた。

 

これらの事は、今回初めて公になったことです。

 

奥さんを有罪にする為に、検察が様々な証拠を集めて提出した。

(韓国の検察は優秀ですと、奥さんは語っています)

 

検察はその書類で、奥さんが主張していた

 

「石碑の所有権は吉田清治個人にある」ということを、否定したかったのでしょう。

 

 

しかも検察は、

 

「韓国はあの謝罪碑を今も(プロパガンダのために)使っている」と主張したのだそうです。

 

それもまた「石碑は個人所有ではなく公共物である」ことを、主張しようとしたのでしょう。

 

 

ですが逆に、これらの証拠と検察の主張によって、

 

日韓の反日団体が吉田清治に嘘の本を書かせ、あの「謝罪碑」設置を計画させ、

 

韓国当局はそれをプロパガンダのために許可し、

 

今もそのプロガンダのために石碑を使っているということが、

 

韓国の司法の手によって「消すことのできない事実として確定した」のです。

 

奥さんはこれらの「新事実の証拠」を、

 

何としてでも日本に持ち帰らなければと、思ったのだそうです。

 

 

奥さんはその原本をコピーして、それを証拠に民事で戦おうとしています。

 

奥さんが主張したいことは、「日韓の反日グループと吉田清治という

 

稀代の大ウソツキがでっち上げた嘘に、韓国の人たちが騙されている」

 

ということです。

 

 

「挺対協」という反日グループや韓国政府が、

 

20万人もの韓国人女性が、日本軍によって拉致され、慰安婦にされた」

 

というプロパガンダを世界中で広めていますが、

 

奥さんが主張したいのは、そういういう事実は無いということ。

 

 

そんな事はちょっと考えれば子供でも分かりますよね。

 

いったいどれだけの人と資金があったら、20万人もの人を拉致できるのでしょう?

 

誰が考えても、気が遠くなるような人数と金額でしょう。

 

命をかけて戦っている時に、

 

そんな事のために多くの人材を割くなどあり得ないことですし、

 

しかも戦地で軍人以外の20万人もの人の為に、

 

食料や宿舎や、身の回りの物を用意しなくてはならないのですよ。

 

どう考えても、それだけで日本は破綻してしまいます。

 

嘘をつくなら、もう少しマシな嘘がつけないものでしょうか?

 

 

奥さんは今や、韓国の人たちのために、韓国の司法を舞台に戦おうとしているのですね。

 

勿論、日本の誇りを取り戻すためでもありますが。

 

 

「韓国の人たちは親日家です」「みんな優しい人たちです」と、奥さんは言っています。

 

いつも行っている市場のおばさんたちも、奥さんが帰国する時に送別会をしてくれたそうです。

 

「弱者には優しいです。でも対等の立場になったら、強いです」

 

確かにそうかもしれません。

 

韓国の人たちは、負けん気が強いかもしれません。

 

闘いには勝たないと気が済まない。

 

それがちょっとややこしい。

 

 

もうひとつ奥さんは、「韓国の検察は進んでいます」とも話しています。

 

全て録画されていて、「可視化」が徹底されているのだそうです。

 

取り調べも穏やかで、日本とは大違いだったと話しています。

(奥さんは過去に、日本でも取り調べを受けた経験があるのです)

 

面白いのは、検察での取り調べは個室で行われるのではなく、

 

隣で別の人が取り調べ(勿論、別件で)を受けているのだそうです。

 

こういうことは、軽微な罪と考えられるケースに限ったことだと思いますが。

 

 

ともかく7か月以上という長きに渡って、

 

言葉も分からない土地で孤軍奮闘されたのですから、

 

暫くはゆっくりしてほしいものですね。

 

あっ、でも今月の27日にはまた韓国へ行くのだそうです。

 

この日韓国で初めての、慰安婦問題を研究している人たちの集いがあって、

 

申し込んだら参加許可証が出たとのこと。

 

「入国拒否になるかもしれません」と冗談をおっしゃっていましたが、

 

それが終わったら、今度は「原告」としての民事裁判が待っています。

 

詳しくはこちらをご覧ください。https://youtu.be/JJ9eBx6-FFE

 

(2017年5月23日、12月25日、2018年1月14日、17日の分も合わせてお読みください)

一審判決後のインタビューはこちら

 

| 日本の誇り | 07:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

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