北からの亡命者
http://japanese.donga.com/List/3/03/27/1703063/1 より転載
2017年11月、板門店(パンムンジョム)の共同警備区域(JSA)から亡命した北朝鮮軍運転兵、呉青成(オ・チョンソン)氏(25)が、自身の亡命が偶発的だったことを明らかにした。
15日(現地時間)、米NBC放送によると、呉氏はこのように伝え、「軍事境界線(MDL)を越えたのが午後3時15分だが、その日朝までは南に行くつもりは全くなかった」と話した。韓国政府は昨年2月、呉氏が飲酒運転で交通事故を起こし、偶発的に亡命したと結論を下した。
呉氏は、自分を銃で撃った仲間を恨まないとも付け加えた。呉氏は、「私が彼らの立場だったなら、私も銃で撃っただろう」とし、「これは友情の問題ではない」と話した。そして、「もし捕まったなら、政治犯収容所に送られるか銃殺されただろう」と語った。米メディアの呉氏へのインタビューは初めてで、NBCは呉氏の顔を初めて公開した。
緊迫した亡命の過程はJSAに設置された監視カメラに映された。呉氏は、「時々(亡命)映像を見るが、毎回私が生きているということが奇跡だと感じる」とし、「このようなことが起きたという事実と映像の中の人物が私だということがまだ信じられない」と話した。
呉氏は2017年11月13日、JSAで軍用ジープに乗って軍事境界線を越えて亡命した。車のタイヤが溝に落ちると、呉氏は車から降りて南に向かって走った。この過程で、北朝鮮軍が発砲し、5発の銃弾を受けて負傷し、亜洲大病院圏域外傷センターのイ・グクチョン教授の手術を受けて回復した。呉氏は亡命当時を振り返り、「運転している時、まともな精神状態ではなかった。スピードを出し、本当に怖かった」と話した。
イ・ユンテ記者
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ひとには魔がさす時があるものだ。
後になって振り返ってみても、
何故自分がそういう行動を取ったのか、自分でも分からない時がそんな時だ。
それは、自分以外の意識体に衝き動かされてそうしてしまう場合もあるし、
常日頃の不満が鬱積して、「別の自分」が顔を出す場合もある。
それは「正気を失った状態」とも表現されるが、ひととして問われるのは、「正気に戻った時」だ。
正気を失った状態では、この逃亡劇も致し方の無いことだと言えるだろうが、
正気に戻った時にこの青年は、何故北側に残っている家族の事を気に掛けないのだろうか?
(記者が取り上げなかったのかもしれないが)
JSAの警護を任される兵士は、エリートから選ばれると言われている。
この青年の親も党幹部であろうし、高い教育も受けているであろう。
自分ひとりの行動によって、それ以外の家族や親せきが、
思想のバックグランドを疑われて厳しい取り調べを受けることは、
社会主義国では普通に行われてきた。
その取り調べは、凄惨を極める場合もある。
自分の失態で家族が厳しい状態にあるかもしれないことは、容易に想像できるだろう。
ひとは、「正気」に戻った時に、どのように対処できるかが問われるのだ。
その時に深く反省し、そして生きざまを変えられるかどうか。
この三次元の学びの世界に於いて、それが何よりも重要なことではないだろうか。
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