自己と自我の違いー川田薫 | より善き未来のために
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自己と自我の違いー川田薫

      

 

井筒先生は亡くなられていますが、「井筒俊彦著作集(12)」は全十何巻もあります。

 

私は、その中の「東洋哲学」だけが手に入らなかったので、

 

図書館に行って全文コピーをして眺めていたら、いろいろなことがわかってきたのです。

 

それで、仏教をやっている人達が自分を眺めた時に、

 

どのように捉えたのだろうか、そういう立場で仏教をずうっと眺めてみると、

 

これはもう本当に以外や以外です。

 

自分という自我、特に「自我」という形で捉えるのですが、

 

「自己」とはなかなか捉えないのです。

 

自己と言った時には否定できないのですが、自我ならば否定できる。

 

俺が俺が、と自己主張する自分は消したいですね。

 

そこを修正して、そういう意識を持たなくすることはできますが、

 

自己という他と違う自分は否定ができないわけです。

 

でも、そこを仏教ではうまく表現できないですね。 川田薫談

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自己は唯一無二の自分だから、否定できない。

 

私たちはこれを「本体」、または「魂霊(たまひ)」と呼んでいます。

 

でも自我は自己主張と置き換えることができ、それはエゴとも言い変えられる。

 

自我から悩みや苦しみが生まれてくる。だから「自我」を消したい。

 

本体が表に表れている時は心は平穏で、正しい選択ができています。

 

自我が表に浮いてきた時は、イライラが募ったり、不満な想いに捉われます。

 

自我は過去生の残り香(思い)の影響も受けますし、

 

今生の「傷ついた我」=自己内自己の影響も受けます。

 

私たちの中には、大きく分ければ自己と自我が存在するわけですが、

 

自我は沢山の人が居るようなものですから、こちらが騒ぎ出すと喧しくなって、

 

心が落ち着かなくなるのです。

 

この自我を手離すことを、仏教の世界では「悟る」と言います。

 

この悟りの境地に至りますと、心が鏡面のように静かになるのです。

 

自分の外側では風が吹き荒れていても、その影響を全く受けずに穏やかでいられるのです。

 

求めれば、そこへ至る「みち」はあるのです。

 

 

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