100年前に日本が主張したこと | より善き未来のために
<< 戦争は既に始まっている | main | 地獄だと思っていたら、それが最高の時だった >>

100年前に日本が主張したこと

それは「人種差別撤廃」である。

 

第一次世界大戦の戦後処理を決める為の、パリ講和会議の席上でのことだった。

 

日本の代表は西園寺公望公爵。

 

仏のソルボンヌ大学に留学し、日本人初の学士となった西洋通である。

 

 

その頃、欧米では奴隷を抱えることは正当な権利だったために、大変な抵抗があった。

 

英米しかり。オーストラリアには白豪主義があり、黒人や、黄色人種、そして

 

アボリジニなど先住民族に対する差別が、世界中に蔓延っていた。

 

こうした「大国」が植民地化した東南アジア諸国の人たちも、奴隷として扱われた。

 

それを日本は、やめさせて肌の色や人種によって人間としての

 

尊厳が奪われないような社会を構築しようとした。

 

 

パリ講和会議に日本が出した「人種差別撤廃案」は、

 

参加16か国の中の11か国が賛成に回ったにも関わらず、

 

「全会一致ではない」というウィルソン米大統領の言葉で一蹴された。

 

彼らにとって奴隷制度は、当然の権利なのだから、

 

何としてもこの提案を握り潰さなければならないと思ったはずだ。

 

 

韓国が何故今も反日なのか、分かりずらいと思うが、これと同じ図式が根底にある。

 

李氏朝鮮時代には、様々な差別が蔓延っていた。

 

制度上はいくつかの階級に分かれていたが、

 

実情は1割にも満たない「両班」という貴族階級と、

 

奴婢(ヌヒ)と呼ばれる奴隷に分かれていたに過ぎない。

 

王族と両班以外は人にあらず、である。

 

当時国の教えとされた儒教では、労働するものは賤しい者とされていた。

 

つまり労働者は、差別されて当たり前の者たちということになる。

 

 

李氏朝鮮時代500年で、国から木製の車輪が消えた。

 

賤しいものとして差別されるから、車輪を作る職人が居なくなってしまったのだという。

 

両班たちの移動には、奴婢が輿をかついで運ばなければならなくなった。

 

この事実を知るまで、文明が後退する国が存在するとは思ってもみなかったが、

 

これが李氏朝鮮500年のの現実なのだ。

 

両班たち「特権階級」の者たちは、儒教の本を持つ以外は何もしなかったと言われている。

 

 

商工業に従事する人たちも奴婢であったし、僧侶も忌み嫌われる存在であった。

 

とにかく働く者は、忌み嫌われるべき存在なのだ。

 

奴婢は両班の財産と見なされ、売買・相続などの対象であった。

 

 

日韓併合時代には、こうした奴隷を開放し差別撤廃を徹底させた。

 

つまり両班たちは「自分たちの財産を日本に奪われた」のだ。

 

だから恨み骨髄なのである。

 

戦後最もひどい反日政策をしていると言っても過言ではない文在寅大統領は、

 

没落両班の末裔と言われている。

 

 

日韓併合時代、反日抗争は有った。

 

だがその多くは、主義主張があって起こした暴動ではなく、

 

両班からいくばくかのお金を貰って、何も分からず暴動を起こした者が大半と言われている。

 

日本が主張したのは、差別階級の撤廃だった。

 

奴婢や百丁という奴隷制度撤廃。

 

そして学校を作り、だれでも差別なく学べるようにした。

 

奴隷として家畜以下に扱われていた、一般市民が喜ばないはずが無い。

 

事実、私は日韓併合時代を体験した現韓国人から、直接そのことを聞いている。

 

 

残念なことに朝鮮儒教では「親の仇を打たない者は親不孝者!」と罵倒される。

 

両班の息子でも奴婢に落とされる。

 

父親が誰かに殺された場合、「その理由は問わず」、その子供に残された道は、

 

父親を殺した相手を殺すことしかなかった。

 

子供は、殺された時に父親が来ていた衣に着替え、相手を殺すまで着替えてはならない。

 

つまり体を洗ってもいけない。

 

それは親の無念を体感する為と言われている。

 

今韓国政府は、日本に対して「親の敵討ち」をしている「つもり」なのだろう。

 

しかし本当の日韓の歴史を知っている者は、その中に一人もいない。

 

 

日本人には、過去を反省してお互いに水に流すという考え方がある。

 

過去に固執していては、より良い未来は築けないからだ。

 

しかし彼らは、「父親の仇を取るまで」続けなければならない宿命がある。

 

 

子供が仇を取れなければ、孫がその務めを負う。

 

朴槿恵が「1000年の恨み」と言ったのも、

 

こういうねじ曲がった朝鮮儒教の教えから来たものだ。

 

だからやっかいなのだ。

 

 

江戸時代、日本では親の仇うちは合法であった。

 

申請すれば吟味の上で、お上からきちんとした許可証が出されていた。

 

半島にある「個の恨み」とは違い、仇討ちが正統な権利として認められていた。

 

元服前の少年には、助太刀という形の目付役が付くことが許されていた。

 

しかし、親の仇討ちは一代に限られていた。

 

親(家長)を失った無念の想いは分かるが、

 

それを子々孫々にまで仕向けることを良しとせず、厳しく禁じたのだ。

 

恨みは後世に禍根を残す。これが良識ある裁定というものだろう。

 

一生風呂にも入らず、親の仇を討つだけのために生きる。

 

子々孫々にまでその恨みが伝えられ、仇を討つのが誉なのだから、

 

考えるだけで暗澹たる思いに駆られてしまう。

 

 

今、韓国の若者たちは国を捨てている。

 

海外に出るチャンスがあれば、必死の思いでくらいつく。

 

韓国には絶望しかないからだ。

 

文在寅は彼らから夢を奪っている。未来を奪っている。

 

彼らは、自分の国が嫌でたまらないと言う。

 

ひととしての普通の感覚があれば、誰でもそうなるのが当たり前なほど、

 

文在寅は国を滅ぼすような政策ばかり行っている。

 

韓国内の差別意識は、未だに類を見ないほどひどいと言われている。

 

 

米国から法制上差別が無くなったのは、公民権法が制定された1964年であった。

 

日本がパリ講和会議で人種差別撤廃を提唱してから、45年も後のことである。

 

それでも人々の心から差別意識を払拭することができず、

 

今は大学入学枠でも企業の採用枠でも、白人が逆差別を受けているという。

 

結局、右に振れた後には、その反動で必ず左に振れる。

 

その後で、また右に振れるかゼロポイントに落ち着くか、ここが重要なのだ。

 

過去に学べばゼロポイントで落ち着くが、恨みの念を手離さなければ、

 

力と力のぶつかり合いは未来永劫、人類が消えるまで続くことになる。

 

日本は昔から、多くの流民を受け入れてきた国だ。

 

記紀には、第11代垂仁天皇の時代に新羅王子の天日槍(アメノヒボコ)が渡来したと記されている。​

 

その時にも、追い返すことなく、土地を与えて住むことを許可している。

 

織田信長が、イタリア人の宣教師が奴隷として連れていた黒人を、家臣にしたのは有名な話だ。

 

奴隷を奴隷にしたのではない。

 

奴隷を家臣にしたのだ。

 

日本人には奴隷という観念が薄い。したがって差別という感覚も薄い。

 

日韓併合も植民地化を目論んだものではない。

 

彼の地に蔓延る差別意識を撤廃し、「人民平等の社会を構築した」のだ。

 

しかしこれが、1割にも満たない「特権階級の怒りを買った」。

 

 

 

半島にできた歴代の国自体が、

 

大陸にできた国から、冊封を受けることで生き残る道を選び続けたこと。

 

儒教の「目上を敬え」という教えが捻じまげられて、

 

力も持った者が持たないものを虐げる国になってしまったこと。

 

今般のレーザー問題に対する韓国側の対応にハッキリ現れているように、

 

後ろめたさを感じている人間は、相手をやみくもに倒そうとするものだ。

 

彼らに大義は必要無い。生き残る為に相手を攻撃する。

 

しかもそれは「自分より弱い」と考えている相手にのみ、徹底して行う。

 

それは弱い者いじめの典型なのだが、果たして日本は弱い国だろうか?

 

文在寅は国の外でも「ボッチ」、国の中でも「ボッチ」状態である。

 

彼にも、彼を大統領に選んだ国民にも、明るい未来は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 日本の誇り | 19:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
Comment









Trackback
url: http://happy.suwn21.com/trackback/724

04
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--
Profile
New entries
Archives
Categories
Recent comment
Mobile
qrcode
Links
Others
無料ブログ作成サービス JUGEM