あなたは繰り返しひとつのテーマに取り組んでいる | より善き未来のために
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あなたは繰り返しひとつのテーマに取り組んでいる

ひとは死に変わり、生き変わりしながら、

 

ひとつのテーマについて、繰り返し学んでいる。

 

 

Aさんは「強制的に家族から引き離されることによる、不安や淋しさ」を。

 

Bさんは「男女間の恋愛を通じての裏切りや不信感」を。

 

Cさんは「病気を通しての学び」を。

 

Dさんは「金銭を通した学び」を、というように。

 

 

こうした自分(魂)が決めたテーマに従って学ぶことは、一度では終わらない。

 

と言うより、終えることができない。

 

この学びの世界には、様々な落とし穴が仕掛けられていて、

 

そう簡単に「修了証書」を手にすることができないようになっているからだ。

 

その最たる落とし穴が、あなたの思考(=脳)である。

 

あなたは、あなたによって騙されている。

 

 

何の為に?

 

それは、辛い経験を積むためである。

 

 

 

 

これまでの二千年間は、「ひたすら学ぶ時代」であった。

 

生まれ変わるたびに、前世で経験した苦しみが今世で増幅され、

 

大いなる苦しみの中で、これでもかというほどの苦しみを誰もが経験してきた。

 

 

だが今はもう、過去世の残滓を自分の手で解消し、ゼロに戻せる時代になった。

 

つまり「次なるステップに進める時代」になったのだ。

 

それは人類史上、私たち現代人が初めて経験していることである。

 

 

この宇宙は、自らの意志によって「成り成り成った」のだから、

 

そこで命を頂いている私たちも、他者に依存することなく、

 

自らの意志で立つ不動の生き方をしていくことが、当たり前なのだ。

 

 

ところが問題は、同じ21世紀に生きている人類でも、

 

「魂(たま)の経験値」がそれぞれ違う、ということだ。

 

こんな新しい時代が来たというのに、それに気づかず、

 

相変わらず「学びの時代」を送っているひとの、なんと多いことか。

 

 

気づけるひとと、気づけないひと。

 

それは「魂の年齢の違い」に依って起こる。

 

友人だから、話が合うから、家族だから、同じ魂の階層に居るわけではない。

 

 

魂の経験値がまったく違うひとたちで、この世は構成されている。

 

魂だけを霊眼(ひがん)で観ると、その輝き、その大きさが全く違う。

 

「人間という着ぐるみ」を着ているから、同じように錯覚してしまうが、

 

私たちは、全く違う生きモノなのである。

 

 

 

そういう全く違う「種族」のひとたちが、

 

混然一体となって学んできたのがこれまでの時代であった。

 

それが今では、明確に分かれてきている。

 

家族であっても一緒には居られなくなる。

 

国際結婚がどんどん増えていくだろう。

 

血ではなく、魂の種族と階層で結婚するようになるからだ。

 

 

魂の経験値が大きい人と、そうでない人の違いが何かというと、

 

直観的に物事の眞髄を掴めるか、知識に頼って思考に陥ってしまうか、ということだ。

 

 

「悩みは自分の思考によって生まれる」

 

 

悩みを抱えて生きているひとは、後者(魂が未熟)である。

 

問題の原因と解決の方法を自らの中に求めず、外側に求めるひと。

 

日常的に文句を言ったり、ため息をついたり、否定的な考え方をしているひとは、

 

魂の経験を積んでいる渦中にあるわけだ。

 

 

オウム真理教に惹かれて事件を起こした人々は、

 

三次元的には、押し並べて「頭が良い」ひとたちであった。

 

頭の良さ(学校の勉強ができるかどうか)と、

 

魂が成熟しているかどうかは、全く関係が無い。

 

リーダーに心酔し、洗脳され、

 

イデオロギーに染まっていった彼らの魂は、非常に未熟である。

 

未成熟なのだ。分かり易く言えば、赤ん坊だということだ。

 

だから、学ばなければモノの道理が分からない。

 

あの教義を読んでも、その矛盾に気づけない。

 

未熟な自分に取っては初めての、思いもつかないような考え方だから、

 

どこに矛盾があるのか指摘できない。

 

それはキリスト教であっても、仏教であっても、儒教であっても同じことだ。

 

よく「キリストの教えについて学びませんか?」と言いながら

 

家々を訪問する人たちが居るが、

 

その姿をキリスト自身(意識体)が、悲しく思っていることに気づかない。

 

何故キリストを悲しませるようなことをするのか?

 

その質問に、あなたは答えられるだろうか?

 

 

今あなたが正しいと信じていることを、

 

何故正しいのか、理路整然と自分の言葉で言えるだろうか?

 

 

言えないことは、「単なる借り物」にすぎない。

 

借り物とは中身(実体)の無いモノの事だ。

 

中身の無いモノを、あなたは何故後生大事にしているのか?

 

おかしいことに気づけないのであれば、

 

あなたの魂は、未だ赤ちゃんということだ。

 

 

学ぼう。

 

学ぶということは椅子に座って本を読む、ということではない。

 

経験を積むということだ。

 

痛い想い(経験)をするということが、唯一学ぶことに繋がる。

 

借り物の知識などすぐ忘れてしまって、何の役にも立たないではないか。

 

それでも知識にしがみつこうとしているのは、経験値が無く中身が無いからだ。

 

自分がスッカラカンだと分かっているからだ。

 

だとしても、そこにゴミを溜め込んでどうしようというのか?

 

 

世に散見される「ゴミ屋敷」は、あなたの姿をそのまま見せてくれている。

 

あれを掃除するのは大変ではないか。

 

 

 

ああいう家に住みたいだろうか?

 

当然住みたくはないだろう。

 

では、今あなたが、そういう状態で生きているのは、

 

いったい、どういうことなのだろうか?

 

 

 

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