ひとが死を選ぶ時 | より善き未来のために
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ひとが死を選ぶ時

 

 

死にたい理由はひとそれぞれだけど、

 

死のうと行動を起こす時は、自分に絶望した時だ。

 

 

生きているのが辛くて死にたくなっても、

 

生きる理由が有ったら、生きられる。

 

生きる理由が見つからない時に、

 

生きることが辛かったら、その死は誰にも止められない。

 

 

私には、死んではいけない理由=生きる理由を父親が与えてくれた。

 

だから私は、死にたいという思いに駆られながら、

 

小さなろうそくに火をともすようにして、

 

1日、また1日と、自分を騙すようにして生き延びられた。

 

 

そして、あんなにも汚い世界だと思っていたこの世が、

 

本当は光で満ちた美しい世界であることを、実体験を持って知ることができた。

 

 

今生きることが辛くて、生きる理由が見つけられない人は本当に辛いと思う。

 

その気持ちは、誰がどんなに寄り添っても、どうすることもできない。

 

 

その時の「私たち」は、自分が許せないのだ。

 

世間がどんなに賛美し認めてくれても、自分が自分を認めることができない。

 

自分は、あまりにも小さすぎる。

 

この世に存在することが、許せない。

 

だから「そんなやつ」は死ぬしかないんだ、と思ってしまう。

 

 

自分が生きていることが、神に対する冒涜だと思う。

 

生まれてきてはいけなかった、と思う。

 

皆に羨ましがられて、嫉妬される存在だというのに。

 

 

他の人がどう考えようと関係ない。

 

自分が、自分を許せないのだ。

 

死んでしまいたい。死んでしまいたい。死んでしまいたい。

 

そして、その気持ちが沸点に達した時、ひとは死を選択する。

 

 

死んでしまってから、魂は思う。

 

何と愚かなことをしてしまったのかと。

 

何故「脳」の「誤った思考」を止められなかったのかと、呆然としてしまう。

 

これまで何千、何万年と生きてきた積み重ねが、

 

泡のように消えていく現実に呆然自失となる。

 

後悔しても、後の祭りだということに気づく。

 

 

 

 

私は、

 

「私が生きていくことは、神を冒涜することだ」という思考に、長い間捉われてきた。

 

この世が、光の世界だという事実を知るまで。

 

 

そしてその想いが、私自身の想いではなく、

 

1万数千年前に、現在ムーと呼ばれている大陸で生きていた

 

私の過去生の青年の想いであった事を思い出した。

 

ムー大陸が崩壊して海に沈んだ時、

 

私の過去生は神に仕える青年だった。

 

「その時」が来た時、「彼」は「かつての仲間」に救われて生かされた。

 

 

「彼」は、自分の仲間である人々が、

 

苦しみの中、海の藻屑となって消えていくのを目撃してしまった。

 

「彼」はその時、仲間と共に行動を元にしようとあがいたが、

 

「かつての仲間」によって、その行動は阻止されてしまった。

 

 

神に仕える身であるというのに、仲間を救えない自分の非力を「彼」は恨んだ。

 

自分は生きていてはいけない、と思った。

 

 

2011年に起こった大震災の時に、

 

孫や子供たちを津波で失った人たちが、生き残った自分を責めたように、

 

「彼」は生き残った自分を許すことができなかった。

 

 

 

今生の私は、その彼の想いを携えて生まれてきていた。

 

彼の想いを癒す為に。

 

それを想い出すまで、

 

私は「彼」の想いが自分の想いであるかのように、混同して生きてきた。

 

だから意味も無く、自分を許すことができなかった。

 

自分は生きていてはいけない存在なのだと、理由も無く信じて疑わなかった。

 

 

今自分に絶望して、自分が許せなくて死を選ぼうとしている人たちには、

 

それが自分の想いではなく、

 

「かつての自分」の想いだということに気づいてほしいと思う。

 

 

自殺した後の絶望感といったら無い。

 

そこから立ち直れる魂が、どれほど存在するだろうか。

 

 

そして、苦しんだ「意識体」だけが、

 

この宇宙の中で、何万年も徘徊することになる。

 

それを「生き地獄」と言わずして、何と呼ぶのだろうか。

 

 

どんなに苦しくても、肉体が亡びるまで長くて80有余年。

 

何万年も苦しみながら生きていくことを考えたら、

 

永遠だと思ってしまうその時間は、瞬きするような時間にすぎないのだ。

 

 

辛い人生なら、

 

その人生を生ききっただけ、魂は大きな光へと成長する。

 

今死にたいと思っているあなたへ、私なら生きることを奨める。

 

生きていれば、そしてその人生が辛ければ辛いほど、

 

生きながらにして光の世界に到達することができる。

 

死んでも、未来永劫その苦しさからは逃れられない。

 

この事実を、あなたに伝えておきたいと思う。

 

 

 

 

 

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