日本の誇り | より善き未来のために

現代火葬事情

臨済宗の玄侑宗久ご住職によると、

 

世界を見ると現代葬儀事情にもいろいろあるのだそうです。

 

 

北欧スウェーデンに、

 

「フリーズドライ葬」というのがあることをご存知ですか?

 

フリーズドライ!

 

食べ物ならよく耳にしますが、体を?

 

ビックリしてしまいますね。

 

 

この方法は、文字通り体を液体窒素で乾燥凍結させた後に、粉々にするのだそうですが、

 

その方法を聞いて驚きました。

 

なんと、凍結乾燥させた体を、回転する歯車でバーッと粉砕するのだそうです。

 

魂(たま)が抜けた体にさえも、尊崇の想いを持って骨壺に納める私たち日本人には、

 

到底考えられない方法ですが、お隣韓国ではこの方法が採用されているのだそうです。

 

 

そういえば韓国ドラマを見ていると、遺族が海や川岸に行って、

 

骨壺から、サラサラの骨粉を取り出して撒くというシーンがよく出てくるのですが、

 

それを見ながらいつも不思議に思っていたのです。

 

 

日本の火葬では故人の体の輪郭が分かる程度に骨が残されます。

 

風に飛ばして空中に撒くのは、到底不可能です。

 

何故このようなシーンが成立するのか、ご住職のお話しでようやく謎が解けました。

 

 

韓国には土葬も残っていますが、それはごく一部で、

 

今は30cm程度のスペースに骨壺を治める「ロッカー方式」が主流になっています。

 

スペースも小さいですから、骨壺もそれ程大きくないので、

 

小さく粉砕する必要があるのかもしれません。

 

 

そして、上には上がある。

 

もっと痛そうな粉砕方法を導入している国があるのです。

 

それは、イギリスです。

 

イギリスは、映画にも出てくるように土葬のイメージが強いのですが、

 

1987年のデータでは69%が火葬なのだそうです。

 

今はもっと増えていることでしょう。

 

 

そのイギリスでは、火葬に遺族は立ち会わず、集骨も遺族はしないのだそうです。

 

ご住職のお話しで、その意味も分かりました。

 

なんとイギリスでは、

 

火葬しながら炉の中で鉄の球を回して、お骨を粉砕するというのです。

 

鉄球! 痛そうじゃありませんか?

 

何とも乱暴な方法ですね。

 

 

亡くなって、魂も抜けて、

 

痛みなど感じない体にも崇敬の念を持っている私たちには、

 

この方法は、到底受け入れられません。

 

家族がミキサーで粉砕にされたり、鉄球で粉砕されるのに耐えられますか?

 

無理ですよね。日本人には無理だと思います。

 

 

ご住職いわく、日本の火葬場の職員はあり得ないほどの気遣いで、

 

火葬に当たっているのだそうです。

 

それはもう、職人気質と言ってもいいかもしれません。

 

日本人は「お骨拾い」をしますね。

 

その時に頭蓋骨が崩れていると、不憫に思うのだそうです。

 

でもしっかり残っていては骨壺に入りません。

 

ですから、お骨が遺族の前に出された時には、頭蓋骨はそのまま残っていて、

 

次の瞬間ホロリと崩れる程度に焼かれているのだそうです。

 

大たい骨も、そのまま残ったのでは骨壺には入りません。

 

ですから大腿骨と分かる程度に遺すのですが、

 

それも軽い力で崩れるように焼くのだそうです。

 

そういえば、目の前で職員の方が、骨をガツガツ潰しているのを見たことがありません。

 

骨の形を残し、骨壺に全ての骨が丁度収まるように焼く事に心血を注いでいる。

 

 

日本には昔から、「水の祓い」「火の祓い」というのがあります。

 

例えば、生まれてすぐに浴びる「産湯」が、水の祓いだとすると、

 

あの世へ旅立つのに「火の祓い」によって、送り出す。

 

 

職員の方々がそう思いながら火葬していらっしゃるとは思えませんが、

 

日本人のDNAの中に、「祓いの概念」が入っていることは確実です。

 

 

だから自然に遺族の気持ちに寄り添おうとする。

 

日本人というのは、どこまでも相手の気持ちを慮れる、稀有な民なのですね。

 

私たちは、自ら(魂)の意志によって、日本に生まれてきたわけですが、

 

それでも、この土地に生を受けたという、

 

この奇跡のような現象に感謝せずにはいられません。

 

 

 

 

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| 日本の誇り | 22:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

靖国神社に行って参ります

私たちは本日、靖国神社で正式参拝させて頂きます。

 

「彼ら」が在って、今の日本が在り、私たち日本人が在ります。

 

 

「命をかけて日本を守ろう!」「命をかけて家族を守ろう!」

 

そういう想いで、私たちのために闘ってくださった、

 

その御心に感謝の想いを伝える為に、参拝して参ります。

 

 

彼らが居なければ、今、日本があったかどうか分かりません。

 

朝鮮半島のように分断国家になっていたかもしれませんし、

 

国名も奪われていたかもしれません。

 

つまりこの地球上から、日本と日本人が消えていたかもしれないのです。

 

あなたは、そのことを考えたことがあるでしょうか?

 

 

日本人であれば、あるいはかつての日本人を尊敬しているあなたであれば、

 

世界のためにも靖国神社に参拝して頂きたいと思います。

 

何故なら日本無くして、世界平和はあり得ないからです。

 

日本は世界で唯一「個の得よりも、和を重んじる国柄(くにがら)」です。

 

日本の存在なくして世界平和はあり得ません。

 

地球に於ける日本の役割とは、平和のための要となることでしょう。

 

これができるのは、日本人しかありません。

 

戦いの無い、1万年以上にも渡る平和な世界を構築した実績を持つのは、

 

私たち日本人だけなのです。

 


 

残念なことに、世の中は「家に鍵をかけなくても良い時代」から

 

「自衛しなければならない時代」へと様変わりしてきました。

 

かつての日本社会は「家に鍵は必要なかった」のです。

 

お互いを知り、信頼し合えていたから。

 

 

 

東京・九段にある靖国神社には、時代の流れに翻弄されながら、

 

「家の鍵」となって、私たちを守ってくださった御霊(みたま)が祀られています。

 

 

その御霊(みたま)は「先の大戦の英霊」だけではありません。

 

靖国神社のHPより一文を転載させて頂きます。

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編⊃声劼蓮¬声2年(1869)6月29日、

 

明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社(しょうこんしゃ)が始まりです。


明治7年(1874)1月27日、明治天皇が初めて招魂社に御親拝の折にお詠みになられた

 

「我國の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉かき」の御製からも知ることができるように、

 

国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊(みたま)を慰め、

 

その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。

 

明治天皇が命名された「編◆廚箸い社号は、「国を靖(安)んずる」という意味で、

 

編⊃声劼砲蓮崛長颪鯤唇造砲垢襦廖嵎刃造聞餡箸魴設する」という願いが込められています。

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「我が国のためにつくせる人々」とは、

 

近代に於いて、日本のために尽くした人々の事を指しています。

 

靖国神社に祀られている人々がどのような人なのか、

 

再び靖国神社のHPからご紹介しましょう。

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戊辰戦争(戊辰の役)やその後に起こった佐賀の乱、西南戦争(西南の役)といった国内の戦いで、

 

近代日本の出発点となった明治維新の大事業遂行のために命を落とされた方々をはじめ、

 

明治維新のさきがけとなって斃れた坂本龍馬吉田松陰高杉晋作橋本左内といった

 

歴史的に著名な幕末の志士達、さらには日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦・満洲事変・支那事変・

 

大東亜戦争(第二次世界大戦)などの対外事変や戦争に際して、

 

国家防衛のためにひたすら「国安かれ」の一念のもと、

 

尊い生命を捧げられた方々の神霊(みたま)が祀られており、

 

その数は246万6千余柱に及びます。


その中には軍人ばかりでなく、戦場で救護のために活躍した従軍看護婦や女学生、

 

学徒動員中に軍需工場で亡くなられた学徒など、軍属・文官・民間の方々も数多く含まれており、

 

その当時、日本人として戦い亡くなった台湾及び朝鮮半島出身者やシベリア抑留中に死亡した軍人・軍属、

 

大東亜戦争終結時にいわゆる戦争犯罪人として処刑された方々なども同様に祀られています。

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こういう方々の「お蔭さま」で、今の私たちがあるのです。

 

日本は、

 

こうした方々の、国と家族を思う、その気持ちの上に成り立っています。

 

あなたが食事をする時、何かを口にする時、

 

できれば、

 

皆さまにお召し上がり頂いてから、

 

お下がりを頂戴する気持ちを持って頂けたらと思います。

 

 

 

 

 

| 日本の誇り | 06:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

奥茂治さん帰国報告会

奥茂治さん帰国報告会 予約不要 参加費1000円

3月27日(火)17時〜(16:30開場)

 

憲政記念館 〒100-0014 東京都千代田区永田町1-1-1

 

東京メトロ 

丸ノ内線・千代田線 国会議事堂前駅下車 2番出口から徒歩7分
有楽町線・半蔵門線・南北線 永田町駅下車 2番出口から徒歩5分
都バス 橋63系統「国会議事堂前」下車 徒歩3分 


 

 

東京の憲政記念会館において、韓国で出国禁止になり裁判の結果無罪を勝ち取った産経新聞の加藤支局長と韓国で有罪にならなければならなかった私と二人で韓国の司法を語ります。3月27日ぜひ来てください。奥茂治

 

 

 

 

 

 

 

 

| 日本の誇り | 09:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

奥茂治さんが

奥茂治さんが韓国から帰国されましたね。

 

 

主張したかったことが判決文に入っていなかった為に、一審判決後に直ちに控訴したのですが、

 

一転その控訴を取り下げて、懲役6か月、執行猶予2年の判決を受け入れ、

 

7か月と18日ぶりに帰国されました。

 

 

控訴を取り下げた理由はいろいろあるのですが、

 

検察の手によって、私たちが知らなかった事実が、一審の裁判中に色々と出てきたこと。

 

詳細は分かりませんが、今のまま行くと二審で無罪になる可能性が出てきたこと。

 

二審で無罪になると、

 

一審で検察が提出した「新たな事実」が、消えてしまうのだそうです。

 

「それを阻止するために、一審の判決を受け入れた」というのが、

 

控訴を取り下げた最も大きな理由だったようです。

 

 

 

その「事実」とは、

 

吉田清治が韓国に出した「直筆の手紙」と、

 

韓国当局が出した「謝罪碑設置許可証」が出てきたことです。

 

これらは、吉田清治が韓国の反日グループと繋がっていた証拠です。

 

手紙には「石碑は日韓の共同で計画した」ことが、書かれてあったそうです。

 

韓国の反日グループと日本国内の反日グループが、

 

吉田清治をそそのかして嘘の本を書かせ、石碑を設置させた。

 

韓国当局がその「謝罪碑」を、

 

子供たちに日本の「蛮行」を教え込むために設置させるという許可証まで出していた。

 

これらの事は、今回初めて公になったことです。

 

奥さんを有罪にする為に、検察が様々な証拠を集めて提出した。

(韓国の検察は優秀ですと、奥さんは語っています)

 

検察はその書類で、奥さんが主張していた

 

「石碑の所有権は吉田清治個人にある」ということを、否定したかったのでしょう。

 

 

しかも検察は、

 

「韓国はあの謝罪碑を今も(プロパガンダのために)使っている」と主張したのだそうです。

 

それもまた「石碑は個人所有ではなく公共物である」ことを、主張しようとしたのでしょう。

 

 

ですが逆に、これらの証拠と検察の主張によって、

 

日韓の反日団体が吉田清治に嘘の本を書かせ、あの「謝罪碑」設置を計画させ、

 

韓国当局はそれをプロパガンダのために許可し、

 

今もそのプロガンダのために石碑を使っているということが、

 

韓国の司法の手によって「消すことのできない事実として確定した」のです。

 

奥さんはこれらの「新事実の証拠」を、

 

何としてでも日本に持ち帰らなければと、思ったのだそうです。

 

 

奥さんはその原本をコピーして、それを証拠に民事で戦おうとしています。

 

奥さんが主張したいことは、「日韓の反日グループと吉田清治という

 

稀代の大ウソツキがでっち上げた嘘に、韓国の人たちが騙されている」

 

ということです。

 

 

「挺対協」という反日グループや韓国政府が、

 

20万人もの韓国人女性が、日本軍によって拉致され、慰安婦にされた」

 

というプロパガンダを世界中で広めていますが、

 

奥さんが主張したいのは、そういういう事実は無いということ。

 

 

そんな事はちょっと考えれば子供でも分かりますよね。

 

いったいどれだけの人と資金があったら、20万人もの人を拉致できるのでしょう?

 

誰が考えても、気が遠くなるような人数と金額でしょう。

 

命をかけて戦っている時に、

 

そんな事のために多くの人材を割くなどあり得ないことですし、

 

しかも戦地で軍人以外の20万人もの人の為に、

 

食料や宿舎や、身の回りの物を用意しなくてはならないのですよ。

 

どう考えても、それだけで日本は破綻してしまいます。

 

嘘をつくなら、もう少しマシな嘘がつけないものでしょうか?

 

 

奥さんは今や、韓国の人たちのために、韓国の司法を舞台に戦おうとしているのですね。

 

勿論、日本の誇りを取り戻すためでもありますが。

 

 

「韓国の人たちは親日家です」「みんな優しい人たちです」と、奥さんは言っています。

 

いつも行っている市場のおばさんたちも、奥さんが帰国する時に送別会をしてくれたそうです。

 

「弱者には優しいです。でも対等の立場になったら、強いです」

 

確かにそうかもしれません。

 

韓国の人たちは、負けん気が強いかもしれません。

 

闘いには勝たないと気が済まない。

 

それがちょっとややこしい。

 

 

もうひとつ奥さんは、「韓国の検察は進んでいます」とも話しています。

 

全て録画されていて、「可視化」が徹底されているのだそうです。

 

取り調べも穏やかで、日本とは大違いだったと話しています。

(奥さんは過去に、日本でも取り調べを受けた経験があるのです)

 

面白いのは、検察での取り調べは個室で行われるのではなく、

 

隣で別の人が取り調べ(勿論、別件で)を受けているのだそうです。

 

こういうことは、軽微な罪と考えられるケースに限ったことだと思いますが。

 

 

ともかく7か月以上という長きに渡って、

 

言葉も分からない土地で孤軍奮闘されたのですから、

 

暫くはゆっくりしてほしいものですね。

 

あっ、でも今月の27日にはまた韓国へ行くのだそうです。

 

この日韓国で初めての、慰安婦問題を研究している人たちの集いがあって、

 

申し込んだら参加許可証が出たとのこと。

 

「入国拒否になるかもしれません」と冗談をおっしゃっていましたが、

 

それが終わったら、今度は「原告」としての民事裁判が待っています。

 

詳しくはこちらをご覧ください。https://youtu.be/JJ9eBx6-FFE

 

(2017年5月23日、12月25日、2018年1月14日、17日の分も合わせてお読みください)

一審判決後のインタビューはこちら

 

| 日本の誇り | 07:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

今月22日は「竹島の日」

2月22日は「竹島の日」です。

 

竹島の日は、2005年(平成17年)に島根県が、

 

「竹島の日を定める条例」(平成17年3月25日島根県条例第36号)により定めたものです。

 

毎年、記念式典が行われています。

 

今年で13年目です。

 

 

1952(昭和27)年1月,李承晩韓国大統領(当時)は,

 

いわゆる「李承晩ライン」を国際法に反して一方的に設定し,

 

同ラインの内側の広大な水域への漁業管轄権を一方的に主張するとともに,

 

そのライン内に竹島を取り込みました。

 

外務省HP 詳しくはこちらへ

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1952年1月といえば、日本は未だGHQの支配下にあり、主権を回復したのはその年の4月です。

 

李承晩は日本が何も言えないことを見越して、一方的に「我が領土」を宣言したのです。

 

戦後のGHQからの、いわゆる「お達し」には、

 

「米国、中国、朝鮮に関して意義を唱えてはならない」という旨の一文が入っていました。

 

手足をもぎ取られ、意志の発動を封じられた日本は、何もできなかったのです。

 

そして韓国政府による「竹島の実効支配」が始まりました。

 

今では竹島に軍隊が常駐していることは、ご存知の通りです。

 

住宅を建てて一般の人を住まわせる計画が、大分前から始まっています。

 

北方四島のように「住民が住んでいる」事を、盾にしようとしているのです。

 

 

韓国政府はその時の政府に都合の悪いことは、国民には知らせません。

 

韓国民は、歴代の政府から騙され続けている「被害者」とも言えます。

 

ですが、騙されたままでよいのでしょうか?

 

親から騙され続けてきたことを知った子は、どんな気持ちになるでしょうか?

 

 

そして現政権になるまで、歴代の日本政府もまたこの問題に対してずっと目をつぶってきました。

 

 

「竹島の日」が島根県で制定された2005年と言えば、小泉内閣時代です。

 

「何もできない政府」に代わって、島根県が行動に移した。

 

それがこの「竹島の日制定」なのでしょう。

 

 

‟おひと好し”の日本人は、「そんな小さな島なんかあげちゃえば?」というでしょうが、

 

大きい小さいの問題ではないのです。

 

中国が「北海道は我が領土だ」と言ったら、あなたはどうしますか?

 

それには流石に、「はいどうぞ」とは言えないのではありませんか?

 

竹島を他国に実効支配されているというのは、これと同じことです。

 

権利うんぬんもさることながら、これは「誇り」の問題です。

 

他者によってあなたの体にくさびを打たれて、自由に行動できなくされているようなものです。

 

想像してみてください。あなたの足首に鎖を巻かれている状況を。

 

 

「心臓から遠いし、問題無い」と言うでしょうか?

 

あなたがあなたで在ることを、他者によって妨害されることなど、あってはならないのです。

 

竹島を韓国政府が実効支配していることは、「あなたの問題」です。「私たちの問題」です。

 

あなたは、「あなた自身」のために何をしますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 日本の誇り | 14:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

志高き精神 日本人よ、後藤新平の心を取り戻せ 

 李 登輝(台湾元総統)友の会メルマガより、李登輝氏の言葉を一部ご紹介致します。

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2014年、私はウェッジから『李登輝より日本へ 贈る言葉』という本を出版した。その第7章には「これからの世界と日本」と章題を付けたが、これは日本や台湾が直面している混沌とした国際情勢にいかにして立ち向かっていくべきか、など日頃から考えていることを書いたものだ。

この本が出版されて3年以上が経った。しかしこの間、国際社会には日本を悩ます難題が山積し続け、不透明感が増し、情勢はむしろますます激変を続けているといえる。

こうした混沌とした時代、さまざまな課題を抱える今の日本に必要なものは何か。私はそれが「人生の先生」と仰ぐ後藤新平の精神だと考えるのである。

2007年5月、私は家族とともに日本を訪れ「奥の細道」を散策する機会を得た。ただ、この訪日にはもう一つの目的があった。この年、藤原書店が創設した「後藤新平賞」の第1回受賞者に光栄にも選ばれ、授賞式に出席することになったのである。授賞式の席上、私は「後藤新平と私」と題した記念講演を行い、「後藤は私の先生です」と述べた。

とはいえ、第4代・児玉源太郎総督のもとで民政長官として後藤が辣腕をふるっていた時期に、私はまだ生まれていない。後藤は1857年生まれ。1923年生まれの私が生きてきた時代とは大きな開きがあるのだ。

そのため後藤と私との間に空間的なつながりはあるものの、お互いを結びつける交差点は見当たらない。しかしながら、後藤の生い立ちや、その後の台湾における輝かしい業績を辿ることにより、私は計り知れない人間的な偉大さを感じ、自分自身に深く滲みこんでいるものを感じるのである。

◆9年で「一世紀にも等しい」発展を果たした台湾

1895年の下関条約で台湾は清朝から日本へ割譲された。初代総督の樺山資紀から第3代の乃木希典まで、台湾の開発は端緒についたばかりであった。

1898年、第4代台湾総督として児玉が発令を受けると、児玉は後藤をナンバー2の地位にあたる民政局長(後の民政長官)に起用する。後藤はもともと医師出身の内務官僚だったが、日清戦争後の大量の帰還兵士23万人の検疫を見事にやり遂げ、その行政手腕が児玉の目に留まったのである。

その後、民政長官として在任した9年あまりの間、後藤は指導者としての力量を遺憾なく発揮し、台湾は未開発社会から近代社会へと、「一世紀にも等しい」と言われるほどの開発と発展を遂げることになる

当時の台湾は匪賊が跳梁跋扈して治安が悪く、マラリアをはじめとする疫病が蔓延する危険な地であった。のみならず、アヘン吸引者も多く、産業にみるべきものもなく、まさに未開発の状態だった。

そこでまず後藤が着手したのが人事刷新の断行であった。着任するや高等官以下1080名の禄を食むばかりで仕事をしない官吏を更迭し、日本内地へ送り返すとともに、新渡戸稲造をはじめとする優秀な人材を幅広く台湾へ呼び寄せたのである。

続けて台湾の産業発展の基礎となる公共衛生の改善、台湾経営の財源確保のための事業公債発行、台湾北部の基隆と南部の高雄を結ぶ縦貫鉄道の建設、基隆港の築港を進めたそしてこれらのインフラ整備を完成させると、砂糖、樟脳などに代表される具体的な産業開発と奨励をしたことで、台湾の経済発展の軌道を定めたのである。

私が幼いころ、家は地主で、父は組合長も務めていた。祖父はお茶畑を持ってお茶を作りながら、同時に自治会長にあたる「保正」でもあった。清朝時代から続いてきた集落の自治制度である保甲制度(*)は、後藤がそのまま存続させた。台湾が日本の領土となっても、台湾の人々に無理のない「生物学的見地」からの統治を考えた人でもあったともいえるだろう。

【*10戸で1甲、10甲で1保とした自治組織。役員として、甲には「甲長」、保には「保正」が置かれた。】

◆天皇・国家のために尽くす
今日の台湾の繁栄は後藤が築いた基礎の上にあるといえる。この基礎の上に新しい台湾を築き、民主化を促進した私は、後藤とも無縁ではないと思っている。つまり、時間的な交差点はなくとも、空間的には強いつながりを持っているだけでなく、後藤新平と私個人の間には精神的な深いつながりがあるのである。

政治家には二種類の人間がいると言われる。まずは権力掌握を目的とする者、そして、仕事を目的とする者だ。権力にとらわれない政治家は堕落しない。私は総統時代に指導者の条件として、「いつでも権力を放棄すべし」を自らに課し自制していた。

普通の人が権力を持った時、非常に幸福であり、快楽であると思うことが多い。それはやりたい放題で、なんでもできるからだ。しかし、後藤は明らかに後者、つまり、仕事のために権力を持った人であった私と後藤に共通するのは「信念」であったといえる。私はクリスチャンで、信仰を通じて最終的に見出した私自身のあり方が「我是不是我的我」、つまり「私は私でない私」であった。

この言葉は、新約聖書のなかにある「ガラテヤの信徒への手紙」の「生きているのは、もはや、私ではない。キリストが、私のうちに生きておられるのである(後略)」という一節からきている。つまり私、李登輝のなかに神が息づいていて、自分のためだけでなく公のために生きなくてはならない、ということである。

一方で、後藤の信仰は何だったかというと私は寡聞にして知らない。しかし、おそらく「天皇」もしくは「国家」という公のために尽くすという「信念」があったのだろうと推察する。だからこそ、第4代台湾総督の児玉源太郎から片腕として信頼され、台湾の近代化をやってのけたのである。そうした意味で、私はクリスチャンではあるものの、強い信仰心、信念を持って事に当たっていくという意味では、後藤は私の先生であると言えるのである。

国家の浮沈は、ひとえに指導者にかかっている。社会や個人の成功が経済や富であると考える風潮が蔓延している今こそ、指導者は「公」に尽くすことに一生を捧げた後藤の精神を学ぶべきであろう
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*太字加工は当サイトによる。

このような大志を持った日本人が、ほぼ同じ時期に台湾と半島を統治した。

一方では尊敬され、一方では逆賊扱いされている。

変だと思わないだろうか?

 

 

 

| 日本の誇り | 14:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

韓国才女「親日を責める国、ばかばかしい」 

ボストン在住の日本人・新田多美子さんの記事をご紹介致します。

 

韓国才女

 

「親日を責める国、ばかばかしい」 

 

「吉田証言のようなことがあったら朝鮮の男は黙ってみていない」

 

http://www.sankei.com/west/news/180117/wst1801170004-n1.html

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私は米ボストンに住む韓国人の友が何人かいる。

 

彼らは日本統治時代に、ある年齢まで日本語教育を受けているので日本語ができる。皆85歳以上ながら、朝鮮戦争後、韓国最高峰のソウル大学を卒業して、学問のため米国留学をした。

 

去年の夏、85歳で亡くなったHさんは日本の文化、文学をこよなく愛し、日本各地を訪れ、就眠前はベッドで百人一首を読むことを常としていた。

 

彼女が受けた日本語教育は、終戦の12歳で終わっていても、きれいな昔の日本語だった。

 

ソウル大学を卒業した後、米国の大学院で生物化学を修めた才媛。頭脳明晰(めいせき)とは、彼女そのものだった。

 

その上、記憶力が抜群ときているので彼女から聞く昔の思い出話は、楽しく興味深いものだった。

 

亡くなる月まで日本から文芸春秋を取り寄せ、日本の世情に精通するだけでなく、ニューヨーク・タイムズなども購読する教養にあふれた最愛の友人の1人だった。

 

 慰安婦問題に関しても、彼女は、自分の人生経験を基にして怜悧(れいり)に韓国を見つめ、このように話をしていた。

 

挺身隊になれることを楽しみにしていた

Hさん「女子挺身隊とだまして慰安婦にさせたと言っていますが、12、13歳の私たち生徒は、15歳になるのを楽しみにしていたのですよ」

 

私「どうしてですか」

 

Hさん「15歳になれば女子挺身隊に入れるからですよ。」

 

「でもですよ、慰安婦にさせられるのでしたら、私たち(上流階級の子女らが集まった)淑明女学校の女子は、あのように挺身隊に憧れませんよ

 

吉田清治って、希代の嘘つきですよ。作り話に乗せられて、済州島では200人余りの若い女性たちを暴力でトラックに積み込み慰安婦にさせたと書いた日本のA新聞社もどうかしていますよ

 

「その記事のせいで(間違った情報が)世界に広まったのでしょう?。そんなことがあったら、朝鮮の男たちは黙ってみていませんよ

 

特に済州島の男たちは荒いのですから、命をかけて戦いますよ。A新聞は、大スクープ!と飛びついたのでしょうけど、ジャーナリストたるもの、記事にする前に冷静に調査しなければいけません。本人の素性も調べていないようですね。ばかげた話です」

 

「慰安婦は、今の世の中を基準にして考えてはいけません。あの時代は、人権なんてありませんよ。特に女性は。日本だって金のため親は娘を売りました。当時は、それが悪ではなかったのです。村々を回って親から娘を買っていた女衒(ぜげん)は朝鮮人だったのですよ

 

日本人はなぜ捏造(ねつぞう)を信じたのか

私「女衒は朝鮮人だったのですか

 

Hさん「だってそうでしょう。田舎の貧しい朝鮮の親たちは日本語を話せないのですから。私の母親は一応、両班(特権身分の階級)の出ですが、『女に学問は不要』といった当時の朝鮮ですから、日本語を話せないだけでなく、ハングルの文字も読めませんでした」

 

「父は小学校から大学まで日本語教育を受けていますし、朝鮮殖産銀行に勤めていましたから日本人と変わりなく話しました」

 

吉田氏は韓国に石碑を建て、その前で土下座をし、「許してください」などと謝罪したそうだ。

 

私は、Hさんのために大高未貴氏(著)の「父の謝罪碑を撤去します」を購入し、手渡した。

 

同書を読み終えたHさんは、「どうしてこんな(吉田氏の)捏造話を信じたのでしょうね。日本人は、もっと賢い民族のはずです」と私に問いかけてきた。そして、こうも語った。

 

Hさん「本当にばかげた話なのですけど、自殺をした廬武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の下で親日財産没収法が決まって、朝鮮総督府が設立した朝鮮殖産銀行に亡くなった父が勤めていたことで、私たちは親日(という扱い)となっていたのです。それで長女の私に統治時代に築いた財産を没収するって手紙がきたのですよ

 

「このために韓国政府は特別機関を作って、全世界に散らばっている親日といわれる子孫を探し出すのですから。こんな愚かな手紙を出すお金があれば、北朝鮮への防衛費に使ったら良いのです

 

私「それでどうしたのですか」

 

Hさん「破って捨てました。もう何年もたちますが何も言ってきません。政府も忘れているのでしょう」

 

あの慰安婦像だってそうですよ。どう見たって12、13歳の少女です。そんな歳で慰安婦なんてあり得ません。日本人が怒れば怒るほど彼らは喜ぶんです。ほっとけば、今にほこりを被りますよ

 

 

デモには北が入り込んでいる? 

 

いろいろな話を聞かせてくれるHさんに私が「韓国の話をするときには、『ばか』の言葉がたくさん出てきますね」と語りかけると、「だって本当のことを言えば、親日と責める国ですもの。ばかばかしい…」と真面目に答えるのが印象的だった。

 

去年、韓国で広がったキャンドルデモをテレビで2人で見ているとき、Hさんの分析に考えさせられた。

 

Hさん「このデモには北朝鮮からの人間が相当入り込んでいると思います

 

私「どうしてですか」

 

Hさん「日本人と違って、韓国の人間は一致団結ができない民族なのです

の短期間にキャンドルやビラ、そして、そろいの上着などを民衆が団結して用意できるはずがありません。北朝鮮の人間は長年の間、命令に従うことに慣らされています。これだけ韓国民が同じ行動ができるのは、北朝鮮からの指導者が統率しているはずです。民衆が気づいていないだけです」

 

私「協力できない民族なのですか」

 

Hさん「こんなことわざがあります。『日本人と朝鮮人が1体1で戦えば体の大きい朝鮮人が勝つ。2対2では日本人が勝つ』。それは、日本人の協力し合う民族性からです。朝鮮民族は、2人になれば、お互いに大将になりたがってけんかが始まります」

 

このことわざは、私が釜山に住んでいるときにも、家のお手伝いさんから聞いたことがある。

 

終戦で日本人教員が引き上げる前日、学校の講堂に集まった女生徒たちに、先生1人ひとりが別れのあいさつをしたという。

 

最後に、彼女が最も尊敬をする男性教師は「立派な朝鮮女子たれ!」と大きく涙声で言ったそうだ

 ◆       ◆

 

【プロフィル】新田多美子(Tamiko Arata) 大分県津久見市生まれ。72歳。1983年に米ボストンに移住し、日本などからの留学者向けに住居の手配、生活用品の買い物、車購入と自動車保険など生活の立ち上げサービスの仕事をしている。

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Hさんのご冥福を、心よりお祈り致します。

 

そして、Hさんと新田さん、

貴重な証言を残してくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

 

ありがとうございました。

 

済州島の老人たちは、「強制連行なんて無かった」と証言しています。

 

「婦女子が暴力的に連れ去られたら、私たちが知らないわけがない。

 

そんなことはあり得ない」と。

 

しかも吉田清治が「貝ボタンを作る工場から女性を連行した」と書いていた貝工場には、

 

「貝を加工するのは力仕事で、女にはできない。女の子は雇用されていなかった」と、

 

証言しています。

 

朝日新聞は、それすらも取材せず(記者は現地に1回も行っていない)に、

 

嘘の後追い記事を書きたてたのです。

 

このひとりの日本人と、大手の日本企業によってでっち上げられた嘘が世界中を駆け巡り、

 

私たち日本人は、まるで鬼畜のように言われ続けています。

 

 

吉田清治の長男は、父の過ちを何とか修正しようと努力している。立派だと思います。

 

朝日新聞はどうでしょうか?

 

国内では一度訂正記事を出しましたが、海外では何の訂正もしていない。

 

だから半島の人たちも、朝日新聞とそれを政治利用している半島政府によって騙されたままです。

 

朝日新聞には各国の新聞にお詫び記事を出し、国連の人権委員会で詫びてもらわないと、

 

私たちは、彼らによって凌辱されたまま生き続けることになります。

 

彼らに、そんな権利があるのでしょうか?

 

 

反日グループのバックには、「中国共〇党」の息のかかった人たちが居ると言われています。

 

尖閣に上陸しようと香港の港から出港した中国人たちも、

 

金儲けの為にこの行動を起こしたことは明白です。

 

せめてイデオロギーでもあればと思いますが、それすらもありません。

 

「金儲け」に利用されている「反日」行動。

 

そういう彼らと、中国共〇党の「日本侵略」の利害が絡んでいる。

 

「彼ら」は世界中に住み、日本を潰す為の活動をしています。

 

彼らから、「チャイナ・マネー」をもらって活動しているのは、何も韓国人や中国人だけでなく、

 

「日本人」がいる(今も)ことを知っておきましょう。

 

 

物事を見る時には、「そのことによって誰が喜ぶのか」という視点で観ていけば、

 

自ずと「裏(真実)が観えてきます」。

 

表(現象)しか知らないと、操られている人たちを恨むことに終始してしまいます。

 

日本人の嫌韓感情、韓国人の反日感情はその最たるものです。

 

「影」の挑発に踊らされている。

 

気づいた時には我を失って、術中に嵌った後です。

 

日本と朝鮮半島が反目し合うことを喜んでいるのは、誰ですか?

 

彼らが狙っているものは、何ですか?

 

しっかり、世の中の動きをみていきましょう。

 

でなければ、足元を救われて大変なことになるのは、私たちです。

 

 

 

| 日本の誇り | 06:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

韓国に拘束されている奥氏・控訴決定

奥氏のFacebookから転載させて頂きます。

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奥茂治です、何時も応援して頂き有難うございます。


本日報道の通り一審判決を不服として控訴しました。


先日の判決では公用物損傷罪で懲役6カ月執個猶予2年の判決でしたがその判決の量刑については決して不服はないと投稿していましたし当日韓国の報道機関から取材を受けた際もそのように発言しました、そして控訴については判決文の内容次第で控訴することも予告していました。私が量刑について妥当だな判決だと発言したのは公用物を損壊したのであればむしろ量刑的には軽い刑であるからです。


しかし今回の判決文には所有権については不明であると判示しながらどの様な経過で公用物件になったのか証拠も示さず被告の私が納得できる判示はありませんでした。


そこで私には公用物と認めるに足りる証拠が示されない以上公用物損傷罪で刑を受け入れる事は出来ないのです。


さらに判決文では碑文が虚偽でありそのことで犯行に及んだと犯行動機には書いてありますが吉田清治が嘘を書いた碑文でも著作権は吉田家にあり碑文を変更する権利は吉田清治の長男にあります。


詳細に説明を書きたいのですが控訴至った心情のみ投稿します。


最後に私が訴えたい事は吉田清治が嘘を刻んだ謝罪碑を公用物として使用する事は韓国の恥になると言う事です。

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太字加工は当サイトによるものです。

 

控訴によって奥氏の韓国内拘束は、それだけ長引くということです。

 

みなさん、滞在費などの寄付をご希望の方は下記へどうぞ。

 

 

https://youtu.be/bktu3j-veFk

 

ゆうちょ銀行 店番 018

記号 10110

番号 99300961

口座名 奥茂治を支援する会

 

| 日本の誇り | 20:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

奥氏裁判についての地元紙の翻訳

奥茂治さんのFacebookから転載します。

 

昨日の忠清南道の日刊紙の報道を翻訳しました。

望郷の園の‘謝罪碑’を無断で切替えた日本人に対して執行猶予

 ▲写真は裁判を終えて出る奥茂治さんが取材陣の質問に答えている姿。

 

日帝強占期(この表現に韓国の時代錯誤と被害者意識が垣間見られます)に韓国人の強制労働と慰安婦問題を謝罪した内容が書いてある国立望郷の園内の‘謝罪碑’を‘慰霊碑’に無断で切替えた、日本人に対して裁判所が懲役6月に執行猶予2年を宣告した。 
大田地方裁判所の天安支部刑事3のキム・サンフン判事は、公用物件の損傷などの疑いで起訴された日本人奥茂治(69・写真)さん(*日本のメディアは奥茂治「被告」と表現している。韓国紙が「さん」付けで呼んでいることに人間味を感じるが、原本が無いので、そのような表現を使っているかどうかの確証はない。人間味を感じるというのは、評価しているという意味ではない。日本側は法に則って裁判の被告である内は被告と呼ぶというルールを順守していて、ここに人間味が介在する余地は無い。韓国側は人間的な感情論=こんな年寄りが異国で裁判を受けて可哀想に=に流されている可能性もある。韓国では「法律よりも”国民情緒法”が優先される」という現状がある。)に対して、このように宣告したと11日明らかにした。

日本自衛隊員出身の奥さんは昨年3月20日午後9時頃、国立望郷の園にある無縁墓地にあった‘謝罪碑’に対して、‘慰霊碑’と書いた石板を貼り付ける方法で碑を毀損した疑いなどで起訴された。 この‘謝罪碑’は太平洋戦争の時に朝鮮人を強制労働させ、慰安婦動員の任務を務めた日本人、吉田清治氏が1983年に懺悔の意を入れて建てた碑である。(*奥氏が正したいのは、この部分が吉田清治のでっち上げであるということ。然しこのことは法廷通訳によって通訳されなかったフシがある) 
裁判の過程で奥さんは、弁護人を通じて“謝罪碑を慰霊碑に変えた事実は認めるが、初め依頼を受けた際には、謝罪碑に対する所有権が初設置者の息子であるAさんのものであるし、その所有者の同意を得たので罪になるとは思わなかった"と主張した。 
金判事は、“韓国刑法でいう公用物件の損傷罪は、公務所で使う物を損傷または毀損した場合に成立するもので、物の所有者が誰にあるかは全く問題ならない“(この石碑は公務所=公の場所に吉田清治個人が設置しただけであって、公務所が使っているわけではないので、裁判官のこの言葉は詭弁に過ぎない)、と言って、奥さんの主張を受け入れなかった。 
金判事はまた、“謝罪碑の設立費用は吉田清治さんが出したようだが、その所有権が今現在、誰にあるかはこの事件の記録上では明確ではない”と判示した。 さらに、“犯行前に3回も犯行場所を踏査し、事前に緻密に犯行を計画した”ので、この"罪質は非常に不良であるが、被告人が高齢であるし、自ら犯行を犯したことを望郷の園側にお知らせし、捜査を受けるために自ら入国した点などを酌量した"と量刑理由を明らかにした。現在、奥さんは出国が禁止の状態なので、刑が確定される前まで韓国にいなければならない。 
裁判を終えた奥さんは、控訴するかどうかを伺った記者の質問に対して、“碑に書かれた内容が嘘であることだけは確かである。 判決文を確認した上で、控訴するかどうかを決めます”と言った。
天安=イジェボム記者  忠清トゥデイ

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以下は奥茂治さんのFacebookより

 

奥茂治 2017年12月21日 21:39 · 
奥茂治です、本日の裁判について報告します。
 
外国人の裁判はこの様に行われるとは全く予想外でした。
裁判長の目の前の被告人席には通訳が宣誓をした後に着席し,被告の私は裁判長に向かって右側の弁護人席で弁護人の横に着席して開廷されるのです。
(*驚くばかりだ。通訳は何を宣誓するのであろう? この通訳は、下記にあるようにまともな通訳をしなかったのだから、職務怠慢、あるいは法廷侮辱罪に当たるのではないだろうか? それとも韓国では、外国人の被告に全てを通訳する必要は無いと規定されているのだろうか?それにしても、この裁判の在りようは、あまりにもお粗末すぎるのではないだろうか?)
それに裁判長から私に対する質問と私の意見陳述は通訳されますが,検察官の起訴状の朗読、弁護人の陳述は通訳されません。したがって何時求刑が行われたのか?弁護人がどの様な弁護をしたのかは全く通訳されないのです。
私の発言は謝罪の碑は吉田清治が作ったもので吉田家の物である。
日本国民は全ての人がそう認識しているその理由は、朝日新聞が一人の謝罪碑と報道し吉田清治が建立したと報道したからです。
さらに謝罪の碑文は全て虚偽が記載されておりその事については国連でも発表されすべての人が知っている。
この謝罪の碑を公務所が使用しているとの事についてどの様に使用していたのかが明らかにされてなく、虚偽が記載されている謝罪の碑を公務所が利用していたとすれば韓国の恥になる。と発言しました。

結局、裁判が終わって検察から懲役1年の求刑があり、国選弁護人は無罪を主張した事を知ったのです。<引用ここまで>
*青文字は当サイト責任に於いて付加
 
| 日本の誇り | 14:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

韓国に拘束されている奥茂治さんの言葉

奥茂治です。

報道の通り本日テジョン(大田)地裁のチョナン(天安)支部で判決が言い渡されました。
私の罪は懲役6ヵ月執行猶予2年の判決でした。
この判決に対して被告本人として刑に関しては妥当な判決であると記者団の前で語りましたがその通りです。
その理由として私が犯したとされる罪は深夜に国立墓地に侵入して作業をした不法侵入罪と、公用物損傷罪を併合した罪で罰されましたが、不法侵入に関しては罪に問れませんでした、それは取り調べの時、昼も夜も下見をして24時間開放されていた側道見つけていた事、その側道から時間外に付近住民が出入していても罪になっていないではないか、と主張したからです。それであっても深夜35キロの石材を担いで3度も往復したのですが裁判所の判断は罪に問えないとの妥当な判断だと思います。

 

公用物損傷罪について私は所有権者から委任された代理人としての権限で独自に判断して謝罪碑を慰霊碑に取り換えた事は事実として認めたのです。
 

しかし裁判所は謝罪碑の所有権について誰の物か不明であり仮に吉田家の物であるとしても管理者である公務所(日本で言う国の機関)が使用中の物件を損傷したと認定して公用物損傷で懲役6カ月罪に当たると判断されました。
その罪に関しては韓国刑法では7年以下の懲役との法規定があり順法の精神からするとむしろ軽い判決だと思います。
 

私は罪の軽重ではなく判示された内容が私の主張を汲んでいるか?その判決文に違法性が見いだせたら控訴すると断言しました。
 

その要点は、私はこの謝罪碑の碑文に記載された吉田清治の文章が真実であれば韓国まで出かけてわざわざ犯罪人になったりしないのは明白であり、碑文が虚偽だからこそ犯した行為であると犯行動機をこれまで供述して来ました。そして私の罪を問うなら公務所が本当に嘘の碑を使用しているのか明確にしてほしいと訴えましたがそれは、嘘の碑を韓国が利用していると言う判示がなされれば韓国が言う強制連行と慰安婦問題に対するこれまでの発言の根拠が覆るからです。
 

とにかく裁判所から送達される判決文を待って控訴の是非を決めたいと思います。
 

これまで多くの皆さんにから声援を送っていただき有難うございます。この戦いは一人だけの戦いではなく多くの皆さんと共に戦っている事を実感して感謝しています。

| 日本の誇り | 06:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

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