日本の誇り | より善き未来のために

武さんの言葉に

武さんが天皇陛下御即位30年奉祝感謝の集いで述べた祝辞に、

 

和(やわらぎ)を持った日本心(やまとごころ)を感じます。

 

もし日本に生まれたことに感謝できない人が居るとしたら、

 

それは精神的にも、人間的にも、魂(たま)的にもまだ未熟だからです。

 

 

「未熟だから自分はダメだ」と思うのか、

 

「未熟ということは、まだまだ伸びしろがあるということだ。よし!」と思うのか。

 

あなたの未来は、あなたの「今の選択」によって創られます。

 

右に行くのも、左に行くのも、あなた次第なのです。

 

 

https://www.huffingtonpost.jp/entry/takeshi-kitano_jp_5cae98ade4b09a1eabf7855a

お祝いの言葉。天皇皇后両陛下におかれましては、御即位から30年の長きにわたり、国民の安寧と幸せ、世界の平和を祈り、国民に寄り添っていただき、深く感謝いたします。

 

私はちょうど60年前の今日、当時12歳だったその日、母に連れられて、日の丸の旗を持つ大勢の群衆の中にいました。波立つように遠くの方から歓声が聞こえ、旗が振られ、おふたりが乗った馬車が近づいてくるのが分かりました。

 

母は私の頭を押さえ、「頭を下げろ!決して上げるんじゃない」と、ポコポコ殴りながら「バチが当たるぞ」と言いました。私は母の言うとおり、見たい気持ちを抑え、頭を下げていました。そうしないと、バチが当たって、急におじいさんになっていたり、石になってしまうのではないかと思ったからです。

 

そういうわけで、お姿を拝見することは叶いませんでしたが、おふたりが目の前を通り過ぎていくのは、はっきりと感じることができました。

 

私が初めて両陛下のお姿と接したのは、平成28年のお茶会の時でした。

なぜか呼ばれた私に、両陛下は「交通事故の体の具合はどうですか。あなたの監督した映画を観ています。どうかお体を気をつけてください。頑張ってください」と声を掛けていただきました。この時、両陛下が私の映画のことや体のことまで知っていたんだと驚き、不思議な感動に包まれました。

 

ただ、今考えてみれば、両陛下がご覧になった映画が、不届き者を2人も出した『アウトレイジ3』ではないということを祈るばかりです。

 

また、おみやげでいただいた銀のケースに入っている金平糖は、今や我が家の家宝になっており、訪ねてきた友人に1粒800円で売っております。

 

5月からは、元号が「令和」に変わります。私がかつていたオフィス北野も、新社長につまみ枝豆を迎え、社名を変えて『オフィス冷遇』にして、タレントには厳しく当たり、変な情をかけないことと決めました。

 

私は、自分が司会を務めた番組で、私たちがニュースなどで目にする公務以外にも陛下が、1月1日の四方拝を始め、毎日のように国民のために儀式で祈りをささげ、多忙な毎日を過ごされていることは、知ってました。

 

皇后陛下におかれましては、「皇室は祈りでありたい」とおっしゃいました。

お言葉の通り、両陛下は私たちのために、日々祈り、寄り添ってくださっていました。私は、感激するとともに、今、感謝の気持ちでいっぱいです。

 

平成は平和の時代であった一方、災害が次々と日本を襲った時代でもあります。

その度に、ニュースでは、天皇、皇后の両陛下が被災地をご訪問され、被災者に寄り添う姿が映し出されました。

 

平成28年8月、陛下は次のように述べておられます。

「私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず、国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えてきましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えてきました」

 

国民の近くにいらっしゃり、祈る存在であること、そのお姿に私たちは救われ、勇気と感動をいただきました。

 

改めて、平成という時代に感謝いたします。また、ずっと国民に寄り添っていただける天皇、皇后両陛下のいらっしゃる日本という国に生を受けたことを幸せに思います。ありがとうございました。 

| 日本の誇り | 13:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

元号ー万葉集

《題詞》
梅花歌卅二首[并序] / 天平二年正月十三日[注 1] 萃于帥老之宅 申宴會也 于時初春令月 氣淑風和 梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香 加以 曙嶺移雲 松掛羅而傾盖 夕岫結霧 鳥封縠而迷林 庭舞新蝶 空歸故鴈 於是盖天坐地 <促>膝飛觴 忘言一室之裏 開衿煙霞之外 淡然自放 快然自足 若非翰苑何以攄情 詩紀落梅之篇 古今夫何異矣 宜賦園梅聊成短詠

 

《書き下し文》 

に、初春しよしゆんれいげつにして、かぜやはらぎ、うめ鏡前きやうぜんひらき、らん珮後はいごかうかをら
《​現代日本語訳の一例》 
時は初春令月(※すなわち、何事をするにも良き月、めでたい月)、空気は美しく(※『初春』の『令月』を受けての解釈では瑞祥の気配に満ち)、風は和やかで、梅は鏡の前の美人が白粉で装うように花咲き、蘭は身を飾るのようにらせる 出典WIKI
| 日本の誇り | 01:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

涙が溢れました

元号が発表されました。

 

 

「令和」の文字を目にした瞬間に篤い想いが溢れ、涙が溢れました。

 

令和が示すものが、まさに日本人の大和こころを表しているからなのでしょう。

 

 

菅官坊長官の説明によりますと、万葉集の序文から取られたとのことです。

 

「令(りょう)」には「立派な」「よい」という意味があります。

 

この二文字を読み解きますと、聖徳太子の御代より日本人が旨としてきた

 

「和(やわらぎ)を中心に据えた時代を、共に創って参りましょう」

 

という意味になります。

 

大和らしい、日本らしい、そういう時代の到来を感じさせる元号ですね。

 

素晴らしいと思います。

 

 

日本人が日本人らしさを取り戻すための、

 

「自立」の一時代を歩む宣言をしたとも取れる元号です。

 

新天皇を心の御柱として私たちが創っていくこれからの時代は、

 

和(やわらぎ)を大切にした時代だということです。

 

肝に銘じたいと思います。

 

 

| 日本の誇り | 12:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

浩宮様の時代

本日、皇太子様が誕生日に当たっての所感を表明されました。

 

59歳になられたのですね。

 

日々のお役割遂行に感謝申し上げると共に、

 

殿下のご健勝と弥栄を御祈り申し上げたいと思います。

 

 

さてその寿ぎの日に寄せて、新しい御代をエネルギー的に見ていきたいと思います。

 

4月30日に今上陛下の退位の儀が、翌5月1日に新天皇の即位正殿の儀が行われ、

 

皇位継承が行われます。

 

三次元的には、この日をもって継承が行われるのですが、

 

エネルギー的には、今年の11月に御自ら大嘗祭を執り行い、

 

天照さまにお供えしたお供物のエネルギーを身の内に頂くことを通して、

 

天皇としてのお役割を確立されるのだと思います。

 

更には、初めての年末年始の祭祀を執行されて盤石なものにされていく。

 

ですから来年の誕生日までの1年をかけて、

 

天皇としてのお役割を確立していくものと思われます。

 

 

浩宮様の御代が本格的に始まるのは、来年からということになります。

 

来年は皇紀2680年。そして60歳。

 

この数字の並びを見ただけで、そこに確かなお役割があることがお分かりだと思います。

 

2680の全ての数を足すと16になります。

 

天皇の象徴でもある、十六菊花紋の「16」です。

 

この16はかつて日本の「家」から、16人の皇子が、

 

文明を立てる為に世界に向けて旅立ったことを表している、と言われています。

 

その皇子がエネルギー的に「元帰りした」のが、昭和39年の東京オリンピックでした。

 

この大会の日本人の金メダルの数は「16」個でしたが、

 

これはその「元帰りの型示し」です。

 

 

昭和29年からの凡そ20年間は「神武景気」「岩戸景気」「いざなぎ景気」と言われ、

 

年平均10%以上の経済成長を続けた奇跡のような20年間でしたが、

 

昭和39年に、海外から「皇子が戻ってきた」ことによって、

 

その運気に「オリンピック景気」が重なり、

 

日本を世界第二位の経済大国へと押し上げることとなりました。

 

 

その頃はるか後方にあった中国に、この10年間で私たちは追い越されてしまい、

 

「年10%以上の経済成長」など、そんなことがあったのかと、今は昔の感があります。

 

 

話しを戻します。

 

十六菊花紋には真ん中に「〇」がありますが、これが天皇です。

 

「要(かなめ)」が無いものは、全てバラバラになってしまいます。

 

如何なることが有っても、要さえしっかりしていれば壊れることはありません。

 

その役割を果たしているのが、天皇という存在です。

 

しかも天皇家と天皇を表す菊花紋は「十六八重表菊」です。

 

 

幾重にもエネルギーが循環している。

 

皇室が日本だけのもの、と考えるのは間違いでしょう。

 

天皇陛下はいつも、日本と世界の平和と安寧を祈られていらっしゃいます。

 

 

その「16」の年に、再び東京でオリンピックが開かれる。

 

その重要性に気づけなければなりません。

 

 

必ず重要な祭祀の前には「露払い」が行われますが、その露払いの場として、

 

今年日本で「G20」が開かれ、国々を導く立場にある要人が日本にやってきます。

 

 

日本は、祈りと共に祓いを行う国です。

 

各国には「穢れ」という概念はありますが、「祓い」という概念がありません。

 

ですから穢れたものは、ただただ怖れ嫌うのです。それが差別意識に繋がっています。

 

日本人に差別意識が薄いのは、「祓いの概念」があるからです。

 

我が身が穢れないように、日々祓う。名越の祓いや大祓で、節ごとに祓う。

 

穢れたものは祓って、まっさらにすればいい。

 

繰り返しの再生が可能になるのは、日本だけです。

 

ですから、世界中の人々が日本に来る意味は大きいのです。

 

 

全ては水のように「高きから低き」へ流れます。エネルギーも同じです。

 

家庭がゴタゴタしている場合は、まず親を祓う(反省する)事が必要です。

 

国なら、国の長です。

 

 

そういう一連の流れの中で、皇紀2680年、60歳の皇太子様が眞の天皇になられる。

 

「60」は円熟を意味します。

 

ですから60歳になったら、世の中のために尽くせるようにならないといけません。

 

またこの数字は、二つのモノを産霊(結び)新たなエネルギーを産み出す力を持っています。

 

「要」ということです。

 

もうお分かりだと思います。

 

皇紀2680年に、何故60歳の皇太子さまの御代が始まるのか。

 

 

 

 

 

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| 日本の誇り | 11:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

今上陛下御在位30年

       

       天皇皇后両陛下御正装

24日(日)は今上陛下御在位30年の節目。

 

25、26両日には、即位30年宮中茶会が皇居・宮殿で行われる。

 

招待客は、元プロ野球選手の王貞治さんや、

 

ノーベル医学生理学賞受賞者の大隅良典・東京工業大栄誉教授ら各界の代表、

 

皇室にゆかりのある約2100人が招待される。

 

この茶会は、24日に行われる政府主催の天皇陛下在位30年記念式典への返礼として、

 

天皇、皇后両陛下が主催し、3回行われるとの事。

 

25日午後は三権の長や国会議員ら、

 

26日午前は地方自治体の長や各界代表者ら、同日午後は外交使節団の長らが招かれる。

 

 

 

| 日本の誇り | 14:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

明日22日は竹島の日

https://www.pref.shimane.lg.jp/admin/pref/takeshima/web-takeshima/takeshima02/syucho.html

 

竹島は島根の宝 我が領土

 

(PHOTOGRAPH BY TIM FRANCO)

 

 

 

| 日本の誇り | 21:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

インドから英霊に対しての感謝の言葉

 

 

Pran Nath Lekhi は2010年2月に亡くなられましたが、

 

インド最高裁の弁護士として辣腕を振るい、

 

デリー高等最高裁弁護士会会長を歴任した方です。

 

 

 「太陽の光が空を照らし、月の光が地球を照らし、夜の星の光が輝く限り、

 

インドの人々は日本の人々に対する感謝の念を忘れないでしょう。 」

 

 

上記の言葉は、Lekhi博士が1997年8月にニューデリーで開催された

 

インド独立50周年記念式典で話した言葉です。

 

そして翌年には、インド退役軍人協会である全インドINA委員会の上級会員3名が、

 

ニューデリーに滞在していた加瀬英明さんを尋ね、

 

次の言葉を靖国神社の英霊の下に送ってほしいと願い出ました。

 

http://www.sdh-fact.com/book-article/652/より抜粋

 

“India’s debt to Japan is too great to be adequately expressed through words. Your great country offered us all the military assistance it could at the time of the liberation of India. A hundred thousand or more Japanese soldiers fought with us as comrades in arms and shed their blood, sweat, and tears alongside us. The Indian National Army will never forget all those noblemen of the Japanese Imperial Army who perished for the cause of India. The Imperial Japanese Army made India an independent country, and we pray that the bond between India and Japan will henceforth become even stronger. -SS Yadav, Captain in the Indian National Army and General Secretary of the All India INA Committee”

 

「インドが日本から受けた恩は、言葉で適切に表現するには大きすぎます。偉大な国日本は、インド解放の為に、できうるすべての軍事援助を我々に提供しました。10万人以上の日本の兵士が私たちと一緒に手を取って戦い、血を流し、汗を流し、涙を流しました。インド国民軍は、インドの為に亡くなった日本帝国軍の誇り高き全ての人々の事を決して忘れません。日本帝国軍はインドを独立国としました。インドと日本の絆が今後さらに強くなることを祈ります。」-SS Yadav、インド国民軍大尉 全インドINA委員会事務総長​

 

インドを英国の支配から独立に導いたインパール作戦に日本軍が参戦したのは、

 

インド独立の為に立ちあがったチャンドラ・ボースの要請によるものでした。

 

インドの要衝であるインパール奪還のために、

 

2万人以上の日本兵が病気、怪我、そして飢餓で死亡しました。

 

多くの死体が日本の後退線に沿って積み重なっていたので、

 

それは「骨の道」と呼ばれました。

 

インパール作戦に参加した日本軍 約78,000人

         インド軍(INA) 約15,000人

 

戦没者         日本軍 約49,000人

           インド軍 約 3,000人

 

河幅600mにも及ぶチンドウィン河を渡り、

 

2000m級のアラカン山脈を超えるという

 

苛酷な進軍と、食料、弾薬、共に途絶する中、

 

進軍開始から3か月後の6月(雨季)に始まった豪雨の中、

 

多くの戦死・戦病死者を出すこととなったと言われています。

 

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日本はチャンドラ・ボースと共にインドの独立の為に闘ってくれました。これはハッキリ言えます。インドは日本軍の犠牲により独立することができたのです。もしあんなに犠牲者を出さず、またINA(インド国民軍)に協力しないでインドに進出した場合、英国インド舞台は自分たちの方針を変えなかったでしょう。25万人の英国インド軍が方針を変え、チャンドラ・ボースの軍になったことにより、インドは英国から独立することができたのです。

私たちは、常に日本に対して感謝の気持ちを持っています。

最後にもう一度、ありがとうございました。デロン中佐

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

8月15日の終戦によって、インドの独立はなりませんでしたが、

 

終戦後、英国がインパール作戦に参加したインド国民軍3名の将校を、

 

英国皇帝に対する反逆者として極刑に処そうとした時、

 

このことが民衆の怒りに火をつけ、抗議活動がインド全土に広がり、

 

ついに英国は統治権をインドに譲渡し、終戦から2年後の昭和22年8月15日に、

 

76年ぶりに英国の植民地支配からの独立が成ったのです。

 

そのきっかけとなった、日本軍のインパール作戦への参戦に対し、

 

彼らは「誇り高き日本兵の皆さんへの感謝を、インド人は未来永劫忘れない」と言い、

 

その言葉を靖国神社の英霊の下へ届けてほしいという

 

このようなINAのメンバーの想いを知って共有することは、

 

私たち日本人にとって重要なことと考えます。

 

戦争は、良い悪いで考える次元にはありません。

 

勿論「二度と戦争をしない」ことは、日本人の総意であると私は考えています。

 

 

こうした内容は、

大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか (ベスト新書) ​加瀬英明著に書かれてあります。

近現代史を学ぶためにご参照ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 日本の誇り | 17:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

同性愛について

14日、同性愛を認めない民法や戸籍法の規定は違憲だと、

 

国を相手取った裁判が行われました。

 

それを扱った記事を読んで、少し引っかかったことがありました。

 

原告のおひとりであるAさんが、このように会見で語っているのです。

 

「婚姻を選択できないことは【あなた方は劣っている】と言われているように思える。

 

(訴訟)は尊厳を取り戻す長い道だ」と。

 

 

よ〜く考えてください。

 

あなた方は劣っていると、言われているように「思っているひとは、誰ですか」?

 

それはこの原告のAさんですよね。

 

誰かにそう言われたのなら、その言った人を訴えればいい。

 

でもAさんは「そう言われた経験がある」とは言っていない。

 

 

この負の感情については、いろいろなケースが考えられます。

 

例えば結婚すると、周囲の人は「子供はまだ?」と聞きますよね?

 

それが度重なると、「子供ができない自分は劣っている」と思ってしまったり、

 

周囲の人にそう思われているのではないかと、

 

疑心暗鬼になったりしてしまう場合がある。

 

誰も、そんな事を思っていないにも拘わらず、です。

 

そして、自分からその話題を避けたり、逃げようとしてしまう。

 

自分がみじめで仕方がないと、感じてしまうからですね。

 

 

同性愛に関して言えば、

 

日本には「男色は武士の嗜み」と言われた時代があります。

 

戦国時代がそうでした。

 

むくつけき武士が、

 

上司に声を掛けられないと悩みを打ち明ける話などが、書物に出てきます。

 

日本には元々、そういうことを、社会が受け入れる素地があるのではないでしょうか。

 

 

子供の頃、特に男の子の中には、

 

学校でいじめられた経験がある人も居るかもしれません。

 

でもそれはゲイだからではなく、しぐさや雰囲気が醸し出すものが、

 

いじめっ子たちの中にある「男の子」の概念とは少し違うからでしょうね。

 

自分と違う子をいじめることは、あると思います。

 

でもそれは、ひととして未熟だからですね。

 

 

尊厳を取り戻したいなら、まずは隠そうというのを止めたら良い。

 

自分の生き方、個性を、何の為に隠すのですか?

 

分かり易く言うと、TVに出ているゲイのひとたちは差別されていますか?

 

彼らは、自分の生き方から逃げようとはしない。隠そうとはしない。

 

ただ、「そう生きているだけ」ですよね。

 

 

よく「ゲイであることを、カミングアウトできるような社会になるように」と、

 

言うひとが居ますが、ゲイであることではなく、

 

「自分の好きなタイプ」として、普通に話せる社会が良いのではありませんか?

 

 

「僕の好きな人は、角刈りのスポーツマンタイプの人」とか、

 

「私の好きな人は、おしとやかで長い髪の女の人」とか。

 

あえてゲイであることを言わなければいけない社会こそ、おかしいと思いませんか?

 

 

話しを「感情」に戻しますが、

 

自分の感情の原因を社会のせいにしたり、国のせいにするのではなく、

 

まず自分の中にある自己否定や、

 

社会からはじかれるのではないかという不安を手離すことが、重要なのではありませんか?

 

 

感情と権利は、全く別の枠の中にあるんです。

 

同性結婚の制度ができたら、そのひとは自己肯定感が増すのでしょうか?

 

自己否定を手離せるのでしょうか?

 

 

自分で自分を否定しているようでは、

 

親にも会社にも言えないでしょうから、

 

相変わらず、差別されるのではないかという不安感と闘うことになる。

 

 

感情を癒すことができるのは、社会でもないし、権利でもありません。

 

あなたの感情を手離して癒せるのは、あなた自身だけなのです。

 

まずは、周囲の人と違うことを怖れないことです。

 

それが、あなたの個性なのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 日本の誇り | 06:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

あなたの考えは、本当に「あなたのもの」ですか?

15日の朝日新聞に、今般の沖縄県の県民投票についての記事が載っていました。

 

その中で目を引いたのは県民に対してのインタビューなのですが、

 

その中で85歳の男性が、

 

<米軍機による騒音に悩まされてきた。黙っていると賛成と思われる。

 

声を大にして「反対」>と答えたという記事です。

 

 

この言葉を読んで、「えっ?」と思いませんか?

 

 

この県民投票は、辺野古の埋め立てに賛成するか、反対するか、

 

そのどちらでもないかの意志を県民が顕かにするものです。

 

沖縄県のHPにも次のように書かれています。

 

辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票について

 

分かり易く言うと、辺野古の埋め立てにYESかNOかを問う投票だということです。

 

 

このは男性は、「辺野古の埋め立てに声を大にして反対を表明する」と言っている。

 

ということは、「普天間はそのまま」という意見になるんです。

 

移転先の辺野古の埋め立てを反対するのですから、それは当然のことですね。

 

 

「米軍の飛行機の騒音に悩まされているから」と言いながら、

 

「普天間をそのままにする」というのは矛盾していませんか?

 

 

 

気づかなければならないことは、

 

この男性の頭の中では、「辺野古の埋め立てに反対を表明することは、

 

すなわち沖縄県内の米軍基地に対して反対をすることだ」というように、

 

すり替わっていることです。

 

 

でも、事実は違います。

 

辺野古の埋め立てに反対すれば、行き場を失った普天間はそのまま残るんです。

(国が決めたことですから、辺野古移転はもう決定事項で、

 余程のことが無い限り覆りませんが)

 

何故このような「すり替え」が起こったのか。

 

それはこの方個人の問題かもしれませんし、

 

米軍基地反対派のデニー知事側が意図的にそうさせているのか、

 

あるいは沖縄のマスメディアが、県民の意識をそのように誘導しているのか、

 

またはその両方の可能性があるわけです。

 

 

日本政府は沖縄県民の命を守る為に、莫大な血税を使ってでも

 

住民の少ない辺野古に、しかも安全を考えて海に米軍基地を移設させると言っている。

 

騒音に悩まされている人が、それを阻止しようというのはおかしくありませんか?

 

飛行場周辺の人たちが、

 

「私たちは米軍で商売している。死活問題だから辺野古移設反対!」

 

と言うなら分かりますが。

 

 

 

沖縄県のHPの「県民投票」の説明にも、

 

「誘導」を匂わせる箇所があることに気づきましたか?

 

 

辺野古米軍基地建設のための埋め立て」

 

嘘ではありませんが、正しくは「米軍基地辺野古移設のための埋め立て」です。

 

沖縄県のHPの書き方では、

 

人々の頭に「普天間はそのままで、辺野古に新しい基地ができる」、

 

というイメージを植え付けてしまいます。

 

頭ではそういう事ではないと分かっていても、

 

「刷り込み」によって思考をミスリードしてしまう。

 

そういうことが起こります。

 

 

そして朝日新聞の書き方にも、「誘導を匂わせる箇所」があることに気づきましたか?

 

反対という文字が「」で囲まれていることです。

 

 

声を大にして反対

 

声を大にして「反対」

 

どうですか?

 

読んだ人には、「」で反対の文字を囲まれた方が、よりインパクトをもって入ってきますよね?

 

 

これらが意図的に行われているとしたら、大変なことです。

 

ですがこういうことは、私たちの身の回りで当たり前に起こっています。

 

ですから、あなた自身が、このようなことに気づけるようにならないといけないのです。

 

 

「あなたの考え」は、「本当にあなたのものですか?」

 

 

 

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日本のこれから

安倍首相は昨年「北朝鮮と国交を樹立する」と言いました。

 

そして今年の初心表明で、北朝鮮問題について次のように語りました。

 

「私自身が金正恩委員長と向き合わなければならない。

 

最重要課題である拉致問題について、御家族も御高齢となる中、一日も早い解決に向け、

 

あらゆるチャンスを逃さないとの決意で臨みます。

 

相互不信の殻を破り、拉致、核、ミサイルの問題を解決し、

 

不幸な過去を清算して、北朝鮮との国交正常化を目指します。」

 

 

拉致被害者問題の解決と北朝鮮との国交正常化。

 

安倍首相は「拉致被害者奪還」ではなく、

 

もっと進んだ「自由に行き来できる状態」を考えています。

 

彼らには家族が居ます。奪還では、家族がその狭間で揺れることになります。

 

ですから「自由に行き来できる状況を作る」。それが安倍首相の考えです。

 

 

2月4日、北朝鮮メディア・朝鮮中央通信が、かつて無いことを報じました。

 

それは、「朝鮮赤十字会中央委員会が、近年、遭難したわが船員たちが

 

無事に帰国できるように数回にわたって人道的援助を提供した日本当局に、

 

当該のルートを通じて謝意を表した」というものです。

 

 

これまでも日本は、人道的立場に立って日本に漂着した北朝鮮国民の意志を確認して、

 

「帰りたい」という人は、中国経由で帰国させていますが、

 

北朝鮮当局からのリアクションは何もありませんでした。

 

 

今回の「朝鮮赤十字中央委員会」からの「感謝の表明」は、

 

北朝鮮当局から安倍首相への

 

「我が国も、その(国交正常化の)用意がある」とのメッセージです。

 

 

事態は一筋縄ではいきませんが、

 

北朝鮮が日本との国交樹立を強く望んでいることは確かです。

 

 

安倍首相の悲願が実現するかどうかは、「日本人の集合意識」にかかっています。

 

まずは安倍首相に、日本人の集合意識が「その時間を与えるかどうか」。

 

日本国内外では、それを阻もうとする勢力がしのぎを削っています。

 

そうした勢力に負けない意志を、日本国民が発動できるかどうか、

 

全てはそれにかかっています。

 

つまり、「あなたの意志」が問われるのです。

 

 

韓国の文在寅大統領は「北朝鮮ファースト」ですが、

 

金正恩委員長にとって「南朝鮮」は、アメリカとの橋渡しにすぎません。

 

今月トランプ大統領と二回目の会談が決定しましたので、

 

その「橋渡し」は必要無くなってしまいました。

 

万が一のカードには取っておくでしょうが、

 

金委員長にとって、文在寅大統領の利用価値は限りなく小さくなったのです。

 

文大統領は、必死に金委員長に縋りつこうとしていますが、

 

冷たくされるのは時間の問題です。

 

片方が真剣で、片方が遊びだった場合、その恋愛はどうなるでしょうか?

 

結果は見えていますね。

 

 

 

米国と日本が北朝鮮を選んだ時、韓国はどうするのでしょうね。

 

「北朝鮮ファースト」で、反日政策をひた走る文大統領は、

 

はたして1期の任期を全うできるでしょうか?

 

その前に、今年日本で開催されるG20の会合に出席できるのでしょうか?

 

金委員長に「行け」と言われれば来るでしょうが、

 

文大統領の頭の中には、韓国民のことなど一粒の砂ほどもありませんし、

 

日韓関係に無用な荒波を立てたこともあって、「NO more 文在寅」と、

 

在日の人たちから卵でもぶつけられるのではないかと私は「心から心配しています」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 日本の誇り | 06:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

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