奥茂治さんが

奥茂治さんが韓国から帰国されましたね。

 

 

主張したかったことが判決文に入っていなかった為に、一審判決後に直ちに控訴したのですが、

 

一転その控訴を取り下げて、懲役6か月、執行猶予2年の判決を受け入れ、

 

7か月と18日ぶりに帰国されました。

 

 

控訴を取り下げた理由はいろいろあるのですが、

 

検察の手によって、私たちが知らなかった事実が、一審の裁判中に色々と出てきたこと。

 

詳細は分かりませんが、今のまま行くと二審で無罪になる可能性が出てきたこと。

 

二審で無罪になると、

 

一審で検察が提出した「新たな事実」が、消えてしまうのだそうです。

 

「それを阻止するために、一審の判決を受け入れた」というのが、

 

控訴を取り下げた最も大きな理由だったようです。

 

 

 

その「事実」とは、

 

吉田清治が韓国に出した「直筆の手紙」と、

 

韓国当局が出した「謝罪碑設置許可証」が出てきたことです。

 

これらは、吉田清治が韓国の反日グループと繋がっていた証拠です。

 

手紙には「石碑は日韓の共同で計画した」ことが、書かれてあったそうです。

 

韓国の反日グループと日本国内の反日グループが、

 

吉田清治をそそのかして嘘の本を書かせ、石碑を設置させた。

 

韓国当局がその「謝罪碑」を、

 

子供たちに日本の「蛮行」を教え込むために設置させるという許可証まで出していた。

 

これらの事は、今回初めて公になったことです。

 

奥さんを有罪にする為に、検察が様々な証拠を集めて提出した。

(韓国の検察は優秀ですと、奥さんは語っています)

 

検察はその書類で、奥さんが主張していた

 

「石碑の所有権は吉田清治個人にある」ということを、否定したかったのでしょう。

 

 

しかも検察は、

 

「韓国はあの謝罪碑を今も(プロパガンダのために)使っている」と主張したのだそうです。

 

それもまた「石碑は個人所有ではなく公共物である」ことを、主張しようとしたのでしょう。

 

 

ですが逆に、これらの証拠と検察の主張によって、

 

日韓の反日団体が吉田清治に嘘の本を書かせ、あの「謝罪碑」設置を計画させ、

 

韓国当局はそれをプロパガンダのために許可し、

 

今もそのプロガンダのために石碑を使っているということが、

 

韓国の司法の手によって「消すことのできない事実として確定した」のです。

 

奥さんはこれらの「新事実の証拠」を、

 

何としてでも日本に持ち帰らなければと、思ったのだそうです。

 

 

奥さんはその原本をコピーして、それを証拠に民事で戦おうとしています。

 

奥さんが主張したいことは、「日韓の反日グループと吉田清治という

 

稀代の大ウソツキがでっち上げた嘘に、韓国の人たちが騙されている」

 

ということです。

 

 

「挺対協」という反日グループや韓国政府が、

 

20万人もの韓国人女性が、日本軍によって拉致され、慰安婦にされた」

 

というプロパガンダを世界中で広めていますが、

 

奥さんが主張したいのは、そういういう事実は無いということ。

 

 

そんな事はちょっと考えれば子供でも分かりますよね。

 

いったいどれだけの人と資金があったら、20万人もの人を拉致できるのでしょう?

 

誰が考えても、気が遠くなるような人数と金額でしょう。

 

命をかけて戦っている時に、

 

そんな事のために多くの人材を割くなどあり得ないことですし、

 

しかも戦地で軍人以外の20万人もの人の為に、

 

食料や宿舎や、身の回りの物を用意しなくてはならないのですよ。

 

どう考えても、それだけで日本は破綻してしまいます。

 

嘘をつくなら、もう少しマシな嘘がつけないものでしょうか?

 

 

奥さんは今や、韓国の人たちのために、韓国の司法を舞台に戦おうとしているのですね。

 

勿論、日本の誇りを取り戻すためでもありますが。

 

 

 

 

「韓国の人たちは親日家です」「みんな優しい人たちです」と、奥さんは言っています。

 

いつも行っている市場のおばさんたちも、奥さんが帰国する時に送別会をしてくれたそうです。

 

「弱者には優しいです。でも対等の立場になったら、強いです」

 

確かにそうかもしれません。

 

韓国の人たちは、負けん気が強いかもしれません。

 

闘いには勝たないと気が済まない。

 

それがちょっとややこしい。

 

 

もうひとつ奥さんは、「韓国の検察は進んでいます」とも話しています。

 

全て録画されていて、「可視化」が徹底されているのだそうです。

 

取り調べも穏やかで、日本とは大違いだったと話しています。

(奥さんは過去に、日本でも取り調べを受けた経験があるのです)

 

面白いのは、検察での取り調べは個室で行われるのではなく、

 

隣で別の人が取り調べ(勿論、別件で)を受けているのだそうです。

 

こういうことは、軽微な罪と考えられるケースに限ったことだと思いますが。

 

 

ともかく7か月以上という長きに渡って、

 

言葉も分からない土地で孤軍奮闘されたのですから、

 

暫くはゆっくりしてほしいものですね。

 

あっ、でも今月の27日にはまた韓国へ行くのだそうです。

 

この日韓国で初めての、慰安婦問題を研究している人たちの集いがあって、

 

申し込んだら参加許可証が出たとのこと。

 

「入国拒否になるかもしれません」と冗談をおっしゃっていましたが、

 

それが終わったら、今度は「原告」としての民事裁判が待っています。

 

詳しくはこちらをご覧ください。https://youtu.be/JJ9eBx6-FFE

 

(2017年5月23日、12月25日、2018年1月14日、17日の分も合わせてお読みください)

| 日本の誇り | 07:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

今月22日は「竹島の日」

2月22日は「竹島の日」です。

 

竹島の日は、2005年(平成17年)に島根県が、

 

「竹島の日を定める条例」(平成17年3月25日島根県条例第36号)により定めたものです。

 

毎年、記念式典が行われています。

 

今年で13年目です。

 

 

1952(昭和27)年1月,李承晩韓国大統領(当時)は,

 

いわゆる「李承晩ライン」を国際法に反して一方的に設定し,

 

同ラインの内側の広大な水域への漁業管轄権を一方的に主張するとともに,

 

そのライン内に竹島を取り込みました。

 

外務省HP 詳しくはこちらへ

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

1952年1月といえば、日本は未だGHQの支配下にあり、主権を回復したのはその年の4月です。

 

李承晩は日本が何も言えないことを見越して、一方的に「我が領土」を宣言したのです。

 

戦後のGHQからの、いわゆる「お達し」には、

 

「米国、中国、朝鮮に関して意義を唱えてはならない」という旨の一文が入っていました。

 

手足をもぎ取られ、意志の発動を封じられた日本は、何もできなかったのです。

 

そして韓国政府による「竹島の実効支配」が始まりました。

 

今では竹島に軍隊が常駐していることは、ご存知の通りです。

 

住宅を建てて一般の人を住まわせる計画が、大分前から始まっています。

 

北方四島のように「住民が住んでいる」事を、盾にしようとしているのです。

 

 

韓国政府はその時の政府に都合の悪いことは、国民には知らせません。

 

韓国民は、歴代の政府から騙され続けている「被害者」とも言えます。

 

ですが、騙されたままでよいのでしょうか?

 

親から騙され続けてきたことを知った子は、どんな気持ちになるでしょうか?

 

 

そして現政権になるまで、歴代の日本政府もまたこの問題に対してずっと目をつぶってきました。

 

 

「竹島の日」が島根県で制定された2005年と言えば、小泉内閣時代です。

 

「何もできない政府」に代わって、島根県が行動に移した。

 

それがこの「竹島の日制定」なのでしょう。

 

 

‟おひと好し”の日本人は、「そんな小さな島なんかあげちゃえば?」というでしょうが、

 

大きい小さいの問題ではないのです。

 

中国が「北海道は我が領土だ」と言ったら、あなたはどうしますか?

 

それには流石に、「はいどうぞ」とは言えないのではありませんか?

 

竹島を他国に実効支配されているというのは、これと同じことです。

 

権利うんぬんもさることながら、これは「誇り」の問題です。

 

他者によってあなたの体にくさびを打たれて、自由に行動できなくされているようなものです。

 

想像してみてください。あなたの足首に鎖を巻かれている状況を。

 

 

「心臓から遠いし、問題無い」と言うでしょうか?

 

あなたがあなたで在ることを、他者によって妨害されることなど、あってはならないのです。

 

竹島を韓国政府が実効支配していることは、「あなたの問題」です。「私たちの問題」です。

 

あなたは、「あなた自身」のために何をしますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 日本の誇り | 14:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

シー・チンピンの野望

シー・チンピン(習近平)の野望は、「皇帝」になるということだ。

 

中華思想において、皇帝とは世界のトップに君臨する人のことを指す。

 

宇宙にひとり、唯一無二の存在。

 

チンピンは、それを目指している。

 

 

彼の父親である習仲勲は、共産主義革命のリーダー的存在だった。

 

そして中国最高行政機関である、国務院の副総理にまで上り詰めた。

 

しかし、毛沢東時代に失脚して追放されてしまう。

 

そういう運命を背負った人を父親に持ったために、

 

チンピンは貧しい農村に追いやられ、厳しい生活を強いられた。

 

普通であれば、自分の家族を地獄に落とした共産党思想に反発を覚え、

 

反政府思想の持ち主になることだろう。

 

普通であれば・・・。

 

 

しかし、チンピンは非常に「頭の働く少年」だった。

 

彼は自分の父親を陥れ、家族を地獄に落とした「党」に入ることによって、

 

自分の野望(皇帝になること)を打ち立てることを決意したのだ。

 

21歳の時だった。

 

 

50年後の2012年、彼は中国共産党のトップに上り詰めた。

 

それまで彼は、「これぞ」と思う人間の靴を舐め、尻拭いをしながら

 

「時」を着々と待っていたことだろう。

 

 

2017年10月に開かれた中国共産党大会で、彼は自分の野望を隠さず、

 

「2050年までに中国を主導的大国にする」と宣言した。

 

それは取りも直さず、彼が「世界の皇帝になる」という意味だ。

 

「世界を自分の手中に収める」ということ。

 

そのとっかかりとして、アジアを手中に収める。

 

尖閣は、その端緒にすぎない。

 

芸人の村本大輔さんが、

 

「命を狙われるなら、僕は尖閣を中国に渡します」と

 

朝生という番組で発言したが、

 

残念ながら、尖閣だけでは収まらないのだ。

 

尖閣の次は沖縄。沖縄の次は九州、北海道、更には日本全域が彼の手に落ちる。

 

その時、日本は消えている。

 

中国共産党の「2050年の未来地図」では、日本が赤く染まっているとのこと。

 

その地図に、彼は自分の野望をハッキリと示している。

 

 

彼の頭の中には、中国人民の幸せのことなど微塵も無い。

 

「2035年までに現代化を基本的に実現させ、

今世紀の中頃までに世界一流の軍隊を作り上げる。」

 

「2049年の建国100年までに社会主義の現代化強国を築く。

中華民族はさらに活力を増し、世界の諸民族の中でそびえ立つだろう。」

 

これらはまさに、みずからの権威を高めるための演説だったと言える。

 

チンピンは、「歴代の党トップができなかったことを私はやり遂げた」と言った。

 

すぐ後ろには、胡錦濤前総書記と江沢民元総書記が座っていたのだ。

 

なんと狡猾なことか。

 

その言葉に、

 

彼の「今や怖れるものは何も無い」という傲慢さが滲み出ている。

 

 

党の中で最も権力を握っているのは

 

「政治局常務委員」と呼ばれる7人の党幹部の人たちだ。

 

『チャイナセブン』と呼ぶ人もいる。

 

中国13億人の行方を、この7人が決めると言っても過言ではない。

 

チンピンは党内部の敵対勢力を「腐敗」を理由に排除し、

 

自分の権力固めの為の人間を上層部に配置してきた。

 

 

「自分は皇帝になる」

 

何故彼がこんなことを考えているのか?

 

それは彼の過去生に由来している。

 

彼は、中国・明時代の李進忠(後の魏忠賢)という宦官だった。

 

皇帝を傀儡にして実権を握り、

 

恐怖政治を敷いた最も悪辣な宦官の権力者であり、

 

当時、危機的状況にあった明の滅亡を加速させた人物とも言われている。

 

とにかく「権力に固執した人間」だった。

 

高みに登るためなら、手段を選ばない人間だった。

 

自分に敵対する勢力を徹底的に弾圧し、処刑したし、

 

権力掌握のために、けして手綱を緩めることはなかった。

 

彼の望みは、自分が皇帝になることだった。

 

 

だが、神はそれを許さなかった。

 

最後には崇禎帝によって自分の罪が弾劾されたという報を聞き、

 

「もはやこれまで」と、自ら首を吊った。

 

遺体は磔にされ、首は晒しものにされた。

 

さらに彼の一族も処刑され、莫大な全財産は没収され、

 

部下たちもことごとく殺害、追放された。

 

これがシー・チンピンの今生に強く影響を与えている過去生だ。

 

この時に皇帝になれなかった悔しさが、今彼を動かしている。

 

残念ながら、彼に皇帝になる運命は無い。

 

今の道を歩めば、李進忠が辿った道を再び歩むことになる。

 

 

その役割が無い人間が権力を望むと、

 

その犠牲になるのは「人民」だ。

 

経済が強い今は、多くの中国人が富を謳歌していることだろう。

(その一方で、かつてないほどの貧富の格差が広がっている)

 

だが、これも一時的なものだ。

 

「中国経済は数年後に破綻する」という人たちがいる。

 

中国の人たちは、本当に彼と運命を共にするのだろうか?

 

それは「破滅への道」に、ほかならない。

 

それでも「彼と、道を共にするのだろうか?」

| 気づきと学び | 06:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

ひどい親なら逃げなさい

環境は捨てられても、関係は断てない。

 

ひどい親だったら、すぐにでも逃げなさい。

 

あなたの尊厳を冒し、あなたの自由を奪う親だったら、

 

すぐにでも逃げなさい。

 

でも環境は捨てられても、そのひとがあなたの親であることは終生変わらない。

 

どうしますか?

 

そのまま親を打ち捨てますか?

 

それとも、その「未熟な親」を抱きしめますか?

 

私はいつか、そのひとを抱きしめてあげてほしいと思う。

 

きっと、あなたならできるから。

 

 

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| 気づきと学び | 06:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

この世で一番重要なこと

それは、「誠意」に勝るものは無い。

 

間違いを冒した時、

 

選択を間違った時、

 

人を傷つけてしまった時、

 

魂霊の想いと違う言動をした時、

 

それをゼロにする「魔法」は、

 

「誠意」以外には無い。

 

勇気をもって誠意を尽くすこと。

 

相手に伝えること。

 

それを、あなたの魂霊(たまひ)は、あなたに求めている。

 

 

 

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| 気づきと学び | 18:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

誇りを持って生きる

「誰か(何か)に仕えていても、支配はされない」

 

会社に勤めていても、会社の犠牲になってはいけない。

 

誇りを持って働くこと。

 

それを魂霊(たまひ)は、あなたに求めている。

 

けっして、諦めないこと。

 

けっして、自分の生きざまに妥協しないこと。

 

そして、けっして後ろ向きにならないこと。

 

 

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涙が止まらない

平昌オリンピックが始まってまだ数日だというのに、涙が止まらない。

 

これまで送ってきた苦しい想いを心に秘めて、黙々と頑張っている姿に、

 

それでも結果を残せない無情さに、

 

そして、4年前期待されたその想いに答えられなかった自分を引きずって、

 

それでも言い訳をせずに、日々最大の努力をしてきたであろうその姿に、

 

涙が止まらない。

 

やっぱり「やっている人はすごい!」

 

 

 

 

| - | 00:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

志高き精神 日本人よ、後藤新平の心を取り戻せ 

 李 登輝(台湾元総統)友の会メルマガより、李登輝氏の言葉を一部ご紹介致します。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

2014年、私はウェッジから『李登輝より日本へ 贈る言葉』という本を出版した。その第7章には「これからの世界と日本」と章題を付けたが、これは日本や台湾が直面している混沌とした国際情勢にいかにして立ち向かっていくべきか、など日頃から考えていることを書いたものだ。

この本が出版されて3年以上が経った。しかしこの間、国際社会には日本を悩ます難題が山積し続け、不透明感が増し、情勢はむしろますます激変を続けているといえる。

こうした混沌とした時代、さまざまな課題を抱える今の日本に必要なものは何か。私はそれが「人生の先生」と仰ぐ後藤新平の精神だと考えるのである。

2007年5月、私は家族とともに日本を訪れ「奥の細道」を散策する機会を得た。ただ、この訪日にはもう一つの目的があった。この年、藤原書店が創設した「後藤新平賞」の第1回受賞者に光栄にも選ばれ、授賞式に出席することになったのである。授賞式の席上、私は「後藤新平と私」と題した記念講演を行い、「後藤は私の先生です」と述べた。

とはいえ、第4代・児玉源太郎総督のもとで民政長官として後藤が辣腕をふるっていた時期に、私はまだ生まれていない。後藤は1857年生まれ。1923年生まれの私が生きてきた時代とは大きな開きがあるのだ。

そのため後藤と私との間に空間的なつながりはあるものの、お互いを結びつける交差点は見当たらない。しかしながら、後藤の生い立ちや、その後の台湾における輝かしい業績を辿ることにより、私は計り知れない人間的な偉大さを感じ、自分自身に深く滲みこんでいるものを感じるのである。

◆9年で「一世紀にも等しい」発展を果たした台湾

1895年の下関条約で台湾は清朝から日本へ割譲された。初代総督の樺山資紀から第3代の乃木希典まで、台湾の開発は端緒についたばかりであった。

1898年、第4代台湾総督として児玉が発令を受けると、児玉は後藤をナンバー2の地位にあたる民政局長(後の民政長官)に起用する。後藤はもともと医師出身の内務官僚だったが、日清戦争後の大量の帰還兵士23万人の検疫を見事にやり遂げ、その行政手腕が児玉の目に留まったのである。

その後、民政長官として在任した9年あまりの間、後藤は指導者としての力量を遺憾なく発揮し、台湾は未開発社会から近代社会へと、「一世紀にも等しい」と言われるほどの開発と発展を遂げることになる

当時の台湾は匪賊が跳梁跋扈して治安が悪く、マラリアをはじめとする疫病が蔓延する危険な地であった。のみならず、アヘン吸引者も多く、産業にみるべきものもなく、まさに未開発の状態だった。

そこでまず後藤が着手したのが人事刷新の断行であった。着任するや高等官以下1080名の禄を食むばかりで仕事をしない官吏を更迭し、日本内地へ送り返すとともに、新渡戸稲造をはじめとする優秀な人材を幅広く台湾へ呼び寄せたのである。

続けて台湾の産業発展の基礎となる公共衛生の改善、台湾経営の財源確保のための事業公債発行、台湾北部の基隆と南部の高雄を結ぶ縦貫鉄道の建設、基隆港の築港を進めたそしてこれらのインフラ整備を完成させると、砂糖、樟脳などに代表される具体的な産業開発と奨励をしたことで、台湾の経済発展の軌道を定めたのである。

私が幼いころ、家は地主で、父は組合長も務めていた。祖父はお茶畑を持ってお茶を作りながら、同時に自治会長にあたる「保正」でもあった。清朝時代から続いてきた集落の自治制度である保甲制度(*)は、後藤がそのまま存続させた。台湾が日本の領土となっても、台湾の人々に無理のない「生物学的見地」からの統治を考えた人でもあったともいえるだろう。

【*10戸で1甲、10甲で1保とした自治組織。役員として、甲には「甲長」、保には「保正」が置かれた。】

◆天皇・国家のために尽くす
今日の台湾の繁栄は後藤が築いた基礎の上にあるといえる。この基礎の上に新しい台湾を築き、民主化を促進した私は、後藤とも無縁ではないと思っている。つまり、時間的な交差点はなくとも、空間的には強いつながりを持っているだけでなく、後藤新平と私個人の間には精神的な深いつながりがあるのである。

政治家には二種類の人間がいると言われる。まずは権力掌握を目的とする者、そして、仕事を目的とする者だ。権力にとらわれない政治家は堕落しない。私は総統時代に指導者の条件として、「いつでも権力を放棄すべし」を自らに課し自制していた。

普通の人が権力を持った時、非常に幸福であり、快楽であると思うことが多い。それはやりたい放題で、なんでもできるからだ。しかし、後藤は明らかに後者、つまり、仕事のために権力を持った人であった私と後藤に共通するのは「信念」であったといえる。私はクリスチャンで、信仰を通じて最終的に見出した私自身のあり方が「我是不是我的我」、つまり「私は私でない私」であった。

この言葉は、新約聖書のなかにある「ガラテヤの信徒への手紙」の「生きているのは、もはや、私ではない。キリストが、私のうちに生きておられるのである(後略)」という一節からきている。つまり私、李登輝のなかに神が息づいていて、自分のためだけでなく公のために生きなくてはならない、ということである。

一方で、後藤の信仰は何だったかというと私は寡聞にして知らない。しかし、おそらく「天皇」もしくは「国家」という公のために尽くすという「信念」があったのだろうと推察する。だからこそ、第4代台湾総督の児玉源太郎から片腕として信頼され、台湾の近代化をやってのけたのである。そうした意味で、私はクリスチャンではあるものの、強い信仰心、信念を持って事に当たっていくという意味では、後藤は私の先生であると言えるのである。

国家の浮沈は、ひとえに指導者にかかっている。社会や個人の成功が経済や富であると考える風潮が蔓延している今こそ、指導者は「公」に尽くすことに一生を捧げた後藤の精神を学ぶべきであろう
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*太字加工は当サイトによる。

このような大志を持った日本人が、ほぼ同じ時期に台湾と半島を統治した。

一方では尊敬され、一方では逆賊扱いされている。

変だと思わないだろうか?

 

 

 

| 日本の誇り | 14:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

失敗を大いに楽しもう!

NHKの桑子アナウンサーのように、

 

開会式なのに「この閉会式を通じて」と言ってしまうことを、

 

「フロイト的失言」と言うらしい。

 

 

「隠したい本音が、無意識のうちに口をついて出てしまう」

 

 

1月22日に、韓国与党「共に民主党」の金太年政策委議長が

 

「冬季オリンピックが来月『平壌(ピョンヤン)』で開かれる」

 

と述べたことがその類例だ。

 

https://youtu.be/5kD-ebD_4_k

 

隣に座っていた議員から「ピョンチャンです」と突っ込まれて、

 

金委員長はニヤッと笑って「ピョンチャンで開かれます」と訂正しているが、

 

その後に開かれた会でもまた「ピョンヤンで」と、同じ間違いを繰り返している。

 

この「ニヤッ」が、意味するところは大きい。

 

「あっ!やってしまった」と思った時に、人間はつい笑ってしまうのだ。

 

心理は表情に出る。隠そうと思っても隠せない。

 

この議員にとっての故郷は、文在寅大統領と同じ「北」なのだろう。

 

文大統領自身は南で生まれているが、両親は朝鮮戦争中に北から逃げてきた「難民」である。

 

文家の祖先の墓は北にある。

 

当然、心情的にも大統領の「故郷は北」である。

 

「文大統領は、北中心の南北統一を望んでいる」というのは単なる勘繰りではなく、

 

血脈を重んじる彼ら民族にとっては当たりまえのことだ。

 

この金政策委議長の心情もそうなのだろう。

 

 

翻って桑子アナのことを考えてみれば、

 

このきな臭い時期、

 

「北がオリンピックの開会式に、会場に向けて攻撃を仕掛けるのではないか」とか、

 

「会場で、北の工作員によるテロが行われるのではないか」、など

 

様々な憶測が飛び交った。

 

 

開会式に正恩氏の妹、与正さんが出席すると発表されたことで

 

開会式に向けての危惧は無くなったが、

 

それでもオリンピック期間中の危機が無くなったわけではない。

 

「閉会式まで何事もなく無事に終わりますように」と、

 

桑子アナが心から願っていたことは想像に難くない。

 

そうすると、本人の意識とは無関係に「大事な時に言葉が暴走してしまう」のだ。

 

人間は、潜在意識をコントロールできない。

 

生方アナにとっても、「20世紀の演歌の女王は、美空ひばり」であったのだろう。

(前日の項をお読みください)

 

「失敗」をするということは、「人間である証拠」でもある。

 

だから、失敗を大いに楽しもう!

 

 

 

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| 気づきと学び | 15:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

「この閉会式を通じて」

昨日、NHKで放送された平昌オリンピックの開会式最後の部分で、

 

キャスターを務めていた桑子アナウンサーが、

 

「今日の開会式を通じて」と言うべきところを、「閉会式を通じて」と言ってしまったことは、

 

様々な波紋を呼ぶことになるでしょう。

 

 

演歌歌手の都はるみさんが、その舞台を最後に引退する(後に復帰)という

 

本人にとっても、その年の紅白歌合戦にとっても、目玉中の目玉だったはるみさんを、

 

「大トリ」としてステージに誘う時に、

 

総合司会を務めていた生方恵一アナウンサーが、「美空」と言ってしまい、

 

訂正もできないまま放送が終了してしまった時の事を思いだしました。

 

 

放送現場のスタッフ全員、一様に凍り付いたことでしょう。

 

桑子アナは心労で倒れていないでしょうか?

 

生方アナがその後民放に移籍し「一時代」を築いたように、

 

失敗は失敗としてそのことから学び、前に進めばいいのですが、

 

「この世の現象は全て学びのために起こる」という事実を

 

未だ30歳の桑子アナに理解しなさいというのは、酷なような気もします。

 

 

それにしてもこの言葉を解すれば、

 

「開会式というハレの舞台」で、テープを切って前に進もうとしたら

 

そこに進むべき道が無かったということになりますから、

 

なにやらメッセージめいたものを感じますね。

 

韓国からは「平和の祭典に水を差した」という論調が

 

多く聞こえてくることでしょう。

 

 

ですが、責任を彼女に負わせることは間違いですね。

 

第一この世で起こったことに、誰も責任は取れません。

 

例えNHKを辞めても地方に左遷されても、それは責任を取る事にはなりません。

 

失敗した時に、私たちに唯一できる事は、それを学びにして糧とすることです。

 

 

それに、彼女が起こしたことは「現象」であって、

 

この意味するところは、

 

NHKに対する「学びのためのアラート」なのではないかと思います。

 

「これまでの放送人としての在りようが、

 

本当にそれでよかったと言えるのかを考える縁(よすが)としなさい」

 

そんなメッセージが聞こえて来ないでしょうか。

 

 

事実NHKは、公平中立の立場で放送することが求められている立場でありながら、

 

台湾の方々からの告訴事例も含めて、

 

半島や大陸寄りの論調が目立つ番組作りをしてきたことは否めない事実です。

 

 

彼女の「閉会式発言」によって、「同胞」からの突き上げが起こるかもしれません。

 

これをどう受け止めるのか。

 

 

そしてまたこの言葉は、

 

「半島の、これまでの間違った歴史観を、お開き(閉会)にしなさい」

 

というメッセージのようにも聞こえます。

 

何かを新たに始める前には、何事も一度「お開き」にしなければなりません。

 

 

さまざまな角度からみていくと、

 

彼女の言葉からみえてくるメッセージは、

 

とても重要だということが分かります。

 

単に失敗で片付けるのは、もったいない気がします。

 

 

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